ヴィエンチャン平野の暮らし

――天水田村の多様な環境利用 

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野中健一編
定価3500円+税
A5判上製・256ページ
ISBN978-4-8396-0214-7

 ラオスの水田の多くは雨季の雨を頼りとする一見頼りなげな天水田稲作です。しかし、それは自然のリズムを巧みに取り入れた有機的かつ合理的な農法で、機械化・大量生産を志向してさまざまな問題を生み出している先進国農業が学ぶべきところがたくさんあります。
 ラオスの人々はどのように自然を利用しているのか? 何をどのようにつくり、何をどのように食べているのか? 首都ヴィエンチャン郊外の農村ドンクワーイ村に拠点を置いて、地理学・植物学・林学などの自然科学系の研究者が長期にわたってフィールドワークを続け、人々の多様な環境利用の実態を明らかにしました。

【執筆者】

野中健一(のなか・けんいち)
1964年生まれ。立教大学文学部教授。
専門:地理学、生態人類学。

鯵坂哲朗(あじさか・てつろう)
1950年生まれ。京都大学大学院農学研究科助教。
専門:水産植物学。

足達慶尚(あだち・よしなお)
1980年生まれ。 岐阜大学大学院連合農学研究科大学院生
専門:農業生態学、熱帯農学。

池口明子(いけぐち・あきこ)
1970年生まれ。横浜国立大学教育人間科学部准教授。
専門:地理学。

イサラ・ヤナタン
1968年生まれ。愛知大学オープンカレッジ講師、天理大学非常勤講師。
専門:文化人類学。

板橋紀人(いたばし・のりひと)
1983年生まれ。中日新聞社。
専門:動物地理学。

岡本耕平(おかもと・こうへい)
1955年生まれ。名古屋大学大学院環境学研究科教授。
専門:地理学。

小野映介(おの・えいすけ)
1976年生まれ。新潟大学教育学部准教授。
専門:自然地理学、地形学。

加藤久美子(かとう・くみこ)
1964年生まれ。名古屋大学大学院文学研究科准教授。
専門:歴史学(東南アジア史)。

齋藤暖生(さいとう・はるお)
1978年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林助教。
専門:林学、民族菌類学、コモンズ論。

瀬古万木(せこ・まき)
1982年生まれ。羽島市立中島中学校常勤講師。
専門:農学、多様性保全学。

センドゥアン・シビライ
1975年生まれ。ラオス国立農林業研究所研究員。
専門:土壌学。

ソムキット・ブリダム
1968年生まれ。ラオス国立大学社会科学部講師。
専門:地理学。

竹中千里(たけなか・ちさと)
1955年生まれ。名古屋大学大学院生命農学研究科教授。
専門:森林環境化学、環境農学。

富岡利恵(とみおか・りえ)
1975年生まれ。名古屋大学大学院生命農学研究科助教。
専門:林学、樹木生理学。

西村雄一郎(にしむら・ゆういちろう)
1970年生まれ。愛知工業大学工学研究科ポストドクトラル研究員
専門:社会経済地理学、時間地理学。

宮川修一(みやがわ・しゅういち)
1951年生まれ。岐阜大学応用生物科学部教授。
専門:作物学、農業生態学。

【目次】

序章  ヴィエンチャン平野の地域生態とその変動の背景
第1章 ヴィエンチャン平野の天水田農業を取り巻く自然環境
第2章 ヴィエンチャン平野の集落――移住による村づくり
第3章 天水田稲作の今とこれから――灌漑から取り残された村における稲作の生存戦略
第4章 天水田稲作地域の水――水質の視点から
第5章 ヴィエンチャン平野の伝統的製塩
第6章 ヴィエンチャン平野の食用植物・菌類資源の多様性
第7章 生き物を育む水田とその利用
第8章 魚類とサライの恵み――水域自然生物利用の多様性
第9章 ヴィエンチャンへの工場進出と村の生活
終章  ヴィエンチャン平野の多様な資源利用から考える環境利用の可能性

【まえがきから】   野中健一

 ラオスの首都ヴィエンチャン、世界各国から観光客が集まり、首都として賑わいをみせている。だが、車で少し郊外へでるとのどかな水田が広がる。このヴィエンチャン平野が本書のフィールドである。コーラート平原の東の縁にあたるこの地域は熱帯モンスーン気候に属し、一年は雨季と乾季に分かれる。
 「水浸せば魚、蟻を食い 水引けば蟻、魚を食う」というタイのことわざのごとく雨季乾季で環境は大きく変わる。「水に魚あり、田に米あり」というラオスに伝わる歌がある。自然も人の動きも、季節によって年によって、さまざまに姿を変える。ここは田んぼなのか池なのか、どこまでが森でどこからが田んぼなのか? 自然と人間が入り交じり、その景観はめまぐるしく変わる。
 ヴィエンチャン平野では水と田が織りなすさまざまな自然と人間の暮らしが作られてきた。ここでは、雨季の雨を頼りとした、天水田稲作がもっぱら行なわれ、牛、水牛などの家畜飼育が組み合わさって農業が営まれてきた。それと同時に、魚介類や昆虫、野生植物をはじめとするさまざまな野生生物が食用として利用され、多様な自然資源の利用が組み合わさって生活が成り立ってきたことをその歌は象徴している。
 今でこそのどかに見えるラオスも、近代以降、フランス植民地支配、内乱、1975年の社会主義革命で社会主義体制へ移ったように政治的に不安定なところであった。戦乱による社会的な影響や集団農場の試みなどみられたが、資源利用に関する村の暮らしは大きくはかわらなかった。だが、1986年に新思考(チンタマカーン・マイ)という改革・解放政策が決まり、市場経済の原理が導入された。価格統制の廃止、国営企業の民営化や流通の自由化が進められた。首都ヴィエンチャンの発展に伴い、周辺地域の宅地化や工業用地化など土地利用の変化と都市域の拡大が進んできた。また農村地域への商品経済の流入が進み、農村部から都市部への就労や商品の市場への出荷が活発になってきた。政策的な移住によって、ラオス北部地域から中部地域への流入者が新しい村をつくっている。国内の経済活動の動きとともに、海外企業も進出し、国際的な分業の中に組み込まれるようになった。
   こうしたグローバル化が進む中で農村では、農業や自然資源の利用を中心とした生業にさまざまな産品の商品化が進み、工場や都市さらには国外での就労も加わって、生業の多様化がいっそう進むこととなった。コメ作りを軸としてさまざまな生物資源を利用するヴィエンチャン平野の村々も今まさにグローバルな変化の中にある。私たちは、このめまぐるしく変わる環境と生物多様性のなかに成り立ってきた人々の暮らし方とその移り変わりをとらえることを目的としてきた。それを理解するためには、相互関連的な分析が必要であると考えた。地理学、農学、生態学、歴史学、人類学、化学、林学と多岐にわたる分野を専門とする者が集まって、ラオス、ヴィエンチャン平野の天水田地帯を対象として、分野横断的な共同研究を進めてきた。
 雨季と乾季というモンスーン特有の対照的な一年の移り変わりのなかで、常に繊細な揺れ動きがある。そういう自然の変化の中での人々の暮らしは、一見「のどか」「のんびり」にみえるが、実は常に変化している自然の動きをきめ細く的確にとらえ、理解して対処し利用する営みであることが次第にわかってきた。この環境と人々の暮らしがさまざまな相互関連によって成り立ってきた姿を、個々に解明しかつその結びつきから明らかにするという地域生態史として、本書はその成果を著すものである。
 調査・研究を進めるにあたって、総合地球環境学研究所、ラオス国立農林業研究所、ラオス国立大学、サイターニー郡、ドンクワーイ村の関係諸氏にはひとかたならぬご尽力を賜った。あつく御礼申し上げます。

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