ベトナムの皇帝陶磁

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関千里
定価5500円+税
A5判上製・436ページ・オールカラー(カラー写真650点)
ISBN978-4-8396-0215-4

【関連書】東南アジアの古美術 東南アジアの美術 東南アジアの遺跡を歩く

 
 全世界の美術愛好家が注目するベトナム陶磁の名品が初めて世に出ます。40年の経験を誇る現役古美術商の著者がこの10年間に全精力を傾けて蒐集した五彩(色絵)と青花(染付)の極上品です。著者の豊富な経験に基づく鑑定眼と膨大な資料による研究、科学分析による年代測定から、これらの作品がベトナム陶磁史の空白を埋める13〜14世紀の陳朝のものだということがわかりました。自らの「心の眼」による確信をもとに、ベトナム陶磁史の定説に挑戦する過程は緻密かつスリリングな美術史研究として読むことができます。もちろん650枚のカラー写真を見ていくだけで、中国、タイ、クメールなどの名品とともに、ベトナム陶磁の真髄を味わうことができるはずです。

【著者はこんな人】

関千里(せき・ちさと)
1942年   生まれ。
1964年   美術業界に入る
71年    SEKI GALLERYを名古屋に開業
71〜86年 絵画・彫刻・陶芸など内外アーティストの展覧会を200数十回開催
71年    縄文・弥生・土師・須恵による古代日本のやきもの展開催
73年    瀬戸・常滑・越前・信楽・丹波・備前・珠洲の壼による日本の古窯展を開催
73〜86年 三国時代(高句麗・新羅・百済)・統一新羅・高麗・李朝の陶磁を中心に
      考古資料・仏教美術・民画・民具など韓国美術展を35回開催
74〜92年 ベトナム・カンボジア・タイ・ミャンマー(旧ビルマ)の陶磁を中心に考古資料・
      宗教美術・民画・民具を含めた東南アジア美術展を64回開催
77〜80年 メキシコをはじめとする中南米諸国の土器を中心に石彫などで古代アメリカ
      美術展を4回開催
83年    小山富士夫遺作陶芸展開催
83〜87年 パキスタン・アフガニスタンのガンダーラ美術展を3回開催
96年    『東南アジアの古美術――その魅力と歴史』(めこん)発行
99〜05年 新発見のベトナム陶磁を蒐集

【目次】

はじめに――比類なき壮麗なる陶磁の出現
第1章  安南の由来
第2章  東南アジアの古美術
第3章  咲き誇る紅色の大輪
第4章  無謀とも思える挑戦
第5章  海底から引き揚げられた交易陶磁器
第6章  花街城の太上皇
第7章  孔雀と牡丹
第8章  先駆けの様相が見られるベトナム五彩
第9章  宋赤絵と元五彩
第10章  未知なるベトナム五彩
第11章  陳朝の青花と南海交易
第12章  中国の双龍とベトナムの鳳凰
第13章  ベトナムの陶磁と歴史
    1 古代雄王伝説
    2 中国支配下のベトナム
    3 ベトナム様式の開花
    4 元に負けない大越帝国
    5 華麗なる王侯貴族の美意識
    6 元の五彩と釉裏紅と青花、そして明の釉裏紅
    7 青磁の幻想
    8 かくされた歴史
    9 トプカプの天球瓶
    10 チャンパ王国の光と影
    11 海から来た武人のクーデター
    12 復古する王朝様式と交易陶磁の終焉
    13 南蛮請来の安南焼
    14 ベトナムの皇帝陶磁
第14章 ベトナム五彩貼花花卉文壺

おわりに
新資料の科学分析による年代測定
ベトナムと周辺国の年表
施釉陶器発展期の概要と北部ベトナムの王朝交代年表
作品の所蔵一覧
図版出典一覧
参考・参照文献


   【「はじめに――比類なき壮麗なる陶磁の出現――」から】   関千里

  それは、1999年に始まった。
  ベトナムの北部で新たに陶磁器が発掘され、国外へと運ばれたのである。出土品は五彩(赤絵)と青花(染付)のみで、これらは国境をなす西の高地を越えて、ラオスを通過し、メコン河を渡った。それを受け入れたタイの町は、主に東北部のノーンカーイと北部のチェンコーンであったが、時にラオスからミャンマーを経由して北部のメーサーイへ着いたこともあった。この動きは、ほぼ、三、四ヵ月に一度の割合で、五年にわたりえんえんと続いた。

  この間私は、五彩と青花に備わった高い芸術性に魅せられて、収集に全力を挙げた。またその過程で、ただ単に優れているというだけに止まらない特別な価値があるのではないかと、その素性や正体に興味を持った。そして器形と文様を手掛かりに編年を求めた結果、すでに中国陶磁の影響下から脱して独自性を発揮していた、ベトナム陶磁が頂点を極めた陳(チャン)朝(1225〜1400)後期の未知なる遺品群であるとの確信を得た。

  器種は多様で、一対を除く超大作から極小品まですべて一点主義で構成されていて、器面は最高位の龍や鳳凰をはじめとした吉祥文と、多彩な従属文で装飾されている。特に中心となる大作群は、祭器であった可能性が高い。その表情は華やかなうえに艶やかで、温かさと優しさに満ちている。同じ作品が一点たりともないという極めて贅沢なこの作陶は、壮大な構想の基に、国家の財力と技術と英知の粋を集めてこそ創作できた優品であろう。その背景に精神性豊かで充実した社会なくしては成し得ない。しかも官窯経験豊富な指導者と、画院の存在が不可欠である。これらを満たし統率できた人物、それは時の為政者であった皇帝以外にいないと断言できる。

  同時代である中国の元朝(1271〜1368)では、主に景徳鎮の官営工房である官窯やその管理下にあった民窯で、皇帝やその家族、もしくは宮廷でのみ使用するための官窯製品を焼造していた。同様にベトナムでも陳朝前期の天長府に官窯が置かれていたとされ、他の重臣たちもそれぞれの要地で盛んに製陶を営んでいたようであるが、その実体はまだ解明されていない。だが、本稿で初公開となる五彩や青花は、陳朝後期の皇帝窯とも言える皇帝直轄の窯で焼造された官窯製品と推察できる格調高き遺品である。しかも、過去にその例を全く見ていないことからも、皇帝一族の超特別な独占物であり秘陶であったと想像される。したがって、本書ではこれらを正しく皇帝の陶磁器とみなし、ベトナム陶磁史から抜け落ちていた知らせざる栄光の一章を明らかにするとともに、べトナム国家の主体性と伝統美の神髄を浮き彫りにしつつ、定説となっている従来の編年を遥かに超えた新見解に基づき、歴史を踏まえた新たな陶磁史を再構築している。そして、現世に忽然と甦ったベトナムの至宝をここに『ベトナムの皇帝陶磁』と命名し、題目に留めて上梓する次第である。
  東南アジア陶磁のみならず、東洋陶磁における近来稀にみる世紀の大発見を、みなさまとともに享受したいと思う。

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