3・11後の日本とアジア――震災から見えてきたもの

photo
 早稲田大学アジア研究機構編

 定価1900円+税
 A5判並製・248ページ
 ISBN978-4-8396-0257-4 C0030
 ブックデザイン:臼井新太郎装釘室
             

 震災後、東北では、日本では、アジアでは何が起きていたのか……
 アジア諸国の支援を断った日本、中国人略奪のデマ…図らずも表出したアジア差別。
 福島原発事故のあとにベトナムへの原発輸出を推進するのはなぜ?
 早稲田大学で行なわれたシンポジウムをまとめたものです。
 大学教授、福島県の市長、福島出身の研究者、外国人支援者を率いるNGO、中国系メディア、原発推進派、韓国の原発反対派、外国人労働者支援者、在日韓国人識者など、多彩な顔ぶれがカンカンガクガク。重い課題が突きつけられました。

【構成と出席者】

【特別講演】
統治機構の欠陥が招いた福島原発事故

田中秀征(タナカ シュウセイ)(福山大学客員教授)

【第1セッション】
アジアからの支援――「連帯」を拒むもの

張麗玲(チョウ レイレイ) 株式会社大富代表取締役社長
吉岡達也(ヨシオカ タツヤ) 国際交流NGO「ピースボート」共同代表
立谷秀清(タチヤ ヒデキヨ)福島県相馬市長
戸崎肇(トザキ ハジメ)(司会)早稲田大学アジア研究機構上級研究員・教授
天児慧(アマコ サトシ)(コメンテーター)早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授 

【第2セッション】
アジアにおける原発問題――「協力」の背後にあるもの

村上朋子(ムラカミ トモコ)(財)日本エネルギー経済研究所 戦略研究ユニット・原子力グループ・マネージャー
坪井善明(ツボイ ヨシハル)早稲田大学政治経済学術院教授
李泌烈(イ ピルリョル)韓国放送通信大学教授
重村智計(シゲムラ トシミツ)(司会)早稲田大学国際学術院教授
山田満(ヤマダ ミツル)(コメンテーター)早稲田大学社会科学総合学術院教授

【紙上参加】
加速する原発輸出推進の動きとその問題点

田辺有輝(タナベ ユウキ)「環境・持続社会」研究センター(JACSES)理事
【第3セッション】
震災と在日アジア人――「共生」への道筋は見えるか

安藤光義(アンドウ ミツヨシ)東京大学大学院農業生命科学研究科准教授
鳥井一平(トリイ イッペイ)全統一労働組合副中央執行委員長
辛淑玉(シン スゴ)(株)香科舎代表
李成市(リ スンシ)(司会)早稲田大学文学学術院教授
村井吉敬(ムライ ヨシノリ)(コメンテーター)早稲田大学アジア研究機構上級研究員・教授

【総合討論】
3・11後の日本とアジア  震災から見えてきたもの

小口彦太(コグチ ヒコタ)
天児慧(アマコ サトシ)
山田満(ヤマダ ミツル)
村井吉敬(ムライ ヨシノリ)
李成市(リ スンシ)
坪井善明(ツボイ ヨシハル)
松谷基和(マツタニ モトカズ)(司会)早稲田大学アジア研究機構研究助手

【はじめに――この国の新しいかたちを求めて】

小口彦太(コグチ ヒコタ)(早稲田大学アジア研究機構長)
 3・11東日本大震災は、日本社会が抱えてきたさまざまな問題点をはしなくも露呈させることとなりました。けっして天災に還元することは許されないにもかかわらず、責任ある人々が誰一人として責任を取ろうとしない無責任の体系、情報を公開して民意に基づいて事を決するという民主主義の完全なる欠如、ものごとを科学的、客観的に見ようとせず、ひたすら主観的、希望的に判断しようとする為政者・経営者そして科学者の思考様式。本来なら、一九四五年の時点で剔抉し、処置しておくべきであった日本社会の宿痾が手付かずのまま頑強に生きながらえてきたことを今回の大震災は我々に対して突きつけました。そして、こうした問題から我々個々の国民もけっして免責されるものではありません。今度こそ、日本社会は根本的に生まれ変わらなければならないのです。このことは、国際社会の一員として世界から信頼を勝ち得る上でも大事なことであります。今回のシンポジウムにおいて、田中秀征氏(福山大学・客員教授)に特別講演「統治構造の欠陥が招いた福島原発事故」をお願いした理由の一端はこの点にあります。
 今回の震災は、アジアの近隣諸国民にも被害を及ぼすものでありました。しかし、そのことについての外へ向けての日本政府から、または日本国民からのメッセージは発せられることはありませんでした。あったのは、パワーポリティックスに基づき、周到な計算のもとに行なわれているアメリカ軍の「トモダチ作戦」に対する外務官僚、防衛官僚等為政者とマスコミの歓迎ぶりだけでありました。何が、日本人のアジア諸国民への連帯感を阻んでいるのか。この問題は、突き詰めていくと、明治以来醸成されてきた脱亜入欧という日本人の思想・意識の問題に突き当たるかもしれません。しかし、今回のシンポジウムでは、残念ながら、この点に関する報告者を立てることができませんでした。ただ、今回の震災に対して多くのアジア諸国民から支援の申し出がなされ、多くの日本人がアジアの知人から励ましの言葉を受け取ったことは事実であります。日本が、アジア諸国民の側からの支援の申し出にほとんど対応できなかったことの中には、日本人のアジア認識とは別の、そうした支援受け入れを困難にするさまざまな客観的、技術的要因があったはずです。そうした諸要因を明確化しておくことは、今後のアジア地域での震災復興支援のあり方を考える上で重要であります。こうした問題について、第1セッションでは議論を展開します。
 今回の震災は「原子力の平和利用」という政策の虚偽性を白日のもとに曝すことになりました。平和利用といっても、いったん被害が生ずると、その被害の程度は軍事利用された場合と同様であり、またその被害を事前に防ぐ科学的方法はいまだないのが現状です。使用済み核燃料廃棄物の処理方法も見つかっていません。また、日本で「原子力の平和利用」を唱道した政治家が軍事への転用の道筋を描いていなかったわけでもないでしょう。しかし、現実には、アジアの多くの国々で原発が推進されようとしています。その背景には、経済成長目覚ましいアジア地域が使用するエネルギーの量が世界全体の三〇%を占めるという冷厳な事実があります。この経済の成長・発展・効率という論理にどのような別の説得力ある論理を提示できるのか。第2セッションはこの難問に答えるべく設定されたものであります。
 今回の震災において、津波が来るや、身を挺して中国人労働者を安全な場所に引率した日本人経営者の話が伝えられました。この美談は、しかし、他面で、日本の産業が、農業・漁業といった第一次産業分野においても「研修生」という名の外国人労働者に依存している産業構造のあり方を示すことになりました。この外国人労働者の置かれている状況がいかなるものであるのか、また外国人労働者の受け入れ政策はいかにあるべきか。そして、この種の「研修生」とは別の、日本のアジア侵略に起因する「在日」の人々が数多く存在し、これまで筆舌に尽くしがたい差別的待遇を日本社会において受けてきたという事実があります。こうした人々との「共生」の道が探し求められなければなりません。第3セッションはこうした趣旨に基づくものです。
 なお、本書公刊にあたって、シンポジウム当日の企画に加えて、以下の部分を追補することにしました。その第一は、第2セッション「アジアにおける原発問題――『協力』の背後にあるもの」の部について、田辺有輝氏に紙上参加して頂いたことであります。第2セッションの村上朋子、坪井善明、李泌列三氏の各報告はいずれもよく準備された素晴らしい内容のものでありましたが、前述しましたように、第2セッションの課題の一つは、世界のエネルギーの三〇%を占めるアジアの経済の成長とエネルギーの効率の論理に対抗し得る説得力ある論理をいかに提示できるかという点にあり、当日のシンポジウムではその点が十分深められなかったように思われます。この点に鑑み、「環境・持続社会」研究センター(JACSES)の理事・田辺有輝氏に紙上参加を願った次第であります。
 追補の第二は、本書の末尾に、総合討論の部を加えたことです。3・11東日本大震災をどのように受け止めるかは、すべての日本人に問われている切実な課題であり、アジア地域の研究に日常的に従事しているアジア研究機構所属の研究者も例外ではありません。本シンポジウムで設定された各セッションのテーマについて、自分ならばどのように考えるか、各人が忌憚なく議論してみることが必要であると考えました。3・11大震災は、複眼的、多面的、重層的考察を私たちに迫るものであります。ただ、すべてのアジア研究機構所属研究員に加わってもらうことは物理的に不可能であるため、各セッションのコメンテーター各氏および報告者の中から坪井善明氏、本シンポジウムの企画段階から積極的に加わって頂いた李成市、松谷基和の両氏と私の奈々7人で総合討論を試みた次第であります。
 本書が、3・11東日本大震災で「見えてきたもの」をどこまで検証し得ているか、そして、アジアはじめ世界の人々との「連帯」・「協力」・「共生」をめざして、この国のあり様を変える方策をどこまで提示し得ているか、その判断は読者の皆様に委ねたいと思います。






Top Page> 書籍購入