インドネシア領パプアの苦闘――分離独立運動の背景

photo
 早稲田大学アジア研究機構編

 定価2800円+税
 A5判並製・262ページ
 ISBN978-4-8396-0275-8 C3031
             

 あまり報道はされませんが、インドネシア領パプアの分離独立問題は現在の東南アジアで最大の紛争です。インドネシア領パプアはニューギニア島の西半分(東は独立国のパプア・ニューギニア)で、面積は日本よりもやや大きく、人口は約360万人です。土着のパプア人はメラネシア系ですが、インドネシア各地から次々と移民が流入してきているので、人口比はだんだん小さくなってきています。このパプア人が長い間インドネシアから分離独立しようと闘ってきた理由は何なのか。闘争の現状はどうなっているのか。本書はまず、あまり知られていないこの地方の概要を説明し、分離独立運動の歴史的経緯とインドネシア政府の対応、独立派の主張などを、豊富な資料とともに紹介します。


【目次】
はじめに

序章 パプアの概要
1.地理
2.行政区画
3.エスニック・グループと宗教
4.略年表

第1章 パプア民族指導者たちの死
1.ケリー・カリックの銃殺
2.テイス・エルアイの絞殺
3.トーマス・ワインガイの獄中死
4.アーノルド・クレメンスに仕掛けられた罠

第2章 パプアの人権状況
1.なお続く人権侵害
2.人権状況の悪化と特別自治の形骸化
3.解明の進まぬ人権侵害事件
4.対話への道

第3章 フリーポート社とパプア
1.フリーポート社とは
2.労働争議と治安部隊
3.相次ぐ銃撃事件
4.国軍と警察の関係

第4章 マイノリティー化するパプア人
1.パプアの人口動態
2.パプア人とは
3.パプアへの国内移住政策

第5章 パプア問題の特異性
1.インドネシアの中のパプア
2.特異な歴史的背景と問題
3.中央政府との交渉

第6章 インドネシアへの併合過程
1.パプアの地名の変遷
2.インドネシア独立前後の動き
3.パプア・ナショナリズムの高揚

第7章 パプア分離独立闘争
1.パプア独立組織(OPM)の出現
2.パプア分離独立闘争の展開
3.パプア市民の独立要求

第8章 パプア分離独立問題の展開
1.インドネシア政府の対応
2.パプア大協議会の開催
3.第2回パプア住民会議の開催

第9章 第2回パプア住民会議の諸決定
1.パプアの歴史を正すための委員会
2.パプア闘争の政治的議題に関する委員会
3.パプア闘争の構成要素の強化に関する委員会
4.パプアの人民の基本的権利に関する委員会

第10章 第2回パプア住民会議への反応
1.インドネシア大統領への報告
2.パプア選出国会議員の報告書
3.南太平洋諸国の反応
4.パプア独立組織(OPM)との合意
5.パプア人民の声明

第11章 パプア特別自治法の施行
1.パプア特別自治法案の策定
2.ソロッサ州知事の演説
3.パプア特別自治法の特徴

第12章 パプア州の分割をめぐる混乱
1.西パプア州の発足
2.ソロッサ州知事の意見書
3.パプア住民協議会(MRP)の勧告

第13章 パプア住民協議会(MRP)の苦闘
1.パプア住民協議会の設置
2.アグス・A・アルア議長の演説
3.フリーポート社に関する勧告

第14章 第3回パプア住民会議とその後の展開
1.第3回パプア住民会議の強制解散
2.フォルコルス・ヤボイセンブトの声明文

おわりに

(付録)
パプア特別自治法
パプア州の特別自治に関するインドネシア共和国法律2001年第21号


【はじめに】
 世界地図で見ると日本のほぼ真下、太平洋の南西に浮かぶ世界で2番目に大きな島、ニューギニア島の西半分は「パプア」と呼ばれるインドネシア領である。「インドネシア領パプア」の領域面積は日本全土をも上回り約41万6060平方キロメートルに及ぶ。そこには約360万人の住民がいるが、そのうちメラネシア人種に属する土着のパプア人は既に半数を割ったとも言われる。パプアの地のマジョリティーとなりつつあるのは、パプア人がアンベル(amber)と呼ぶ外来民族すなわち広義のマレー人種に属するジャワ人やブギス人などのインドネシア人である。
 インドネシアに併合されて以降、パプアにはジャワ島やスラウェシ島などインドネシア各地から続々と移民が流入した。その結果、土着のパプア人は次第に都市部から追いやられていったばかりでなく、数の上でもパプアの地のマイノリティーの立場に置かれつつある。
 オランダとインドネシアとの間で領有権が争われたこの地は1969年、国際社会の承認を得る形で、いわば正式にインドネシアに併合された。
パプアの独立準備を進めていたオランダと、パプアを含む旧オランダ領東インドのすべてが自国領だと主張するインドネシアとの仲介を行なった国連は、1969年末までにパプア人の民族自決権を行使させることを条件に、1963年以降のパプアの行政権をインドネシアに委ねた。行政権を握ったインドネシアはその後、1025名のパプア人からなる「民族自決協議会」(DMP)なるものを組織し、そこでの「話し合い」(musyawarah)で1969年8月2日、パプア人はインドネシアへの併合を望んだと結論付けたのだった。
 1人に1票が与えられなかった民族自決権、またインドネシアが組織した「民族自決協議会」にしてもその委員が民主的に選出されたパプア人の代表ではないことに、パプア社会はもとより国際社会でも批判や不満は当時から高かった。
 1969年11月の国連総会では、アフリカのガーナが正当な民族自決行為とは言えないとして、改めて1975年に公正な民族自決投票を行なうよう提案し、15ヵ国がこれを支持した。インドも、パプアの民族自決行為はあくまで例外とし、今後はこのような手法が民族自決権の行使と認められることがあってはならないと発言した。しかしながら最終的に国連総会は、「一種の民族自決行為が実施された」という当時のウ・タント国連事務総長の報告を了承した。こうして国際的にもパプアのインドネシアへの帰属が認められることとなった。
 だが、パプア人社会はこの決定を素直に受け入れることはできなかった。インドネシアからの分離独立を求めるための運動がいわば自然発生的に起こった。これに対しインドネシアは1974年にパプアを軍事作戦地域(DOM)に指定して分離独立派の徹底的な洗い出しと殲滅作戦で応じたのだった。その結果、パプアではこれまでにおよそ10万人が犠牲になったとも言われる。
 1998年にインドネシアでは32年間に及んだスハルト長期独裁政権が崩壊した。そうしてインドネシアが民主化へ向けた改革に歩み始めると、翌99年2月26日、パプアの各界代表からなる「100人チーム」(Tim 100)がジャカルタの大統領宮殿を訪れ、当時のハビビ大統領に会談を求めた。その席で彼らは、インドネシアとの併合によってパプア人が味わわされた苦難は分離独立を求めるに十分な理由であると主張するとともに、パプアは1961年12月1日の時点で主権を保持していたことを認めるよう求めた。1961年12月1日は、「明けの明星」を図柄としたパプアの民族旗が初めて掲揚された日だからである。
 オランダ統治下で独立準備を進めていたパプアは1961年10月にパプア国民委員会を組織し、①国名を西パプアとする、②民族名をパプア民族とする、③民族旗の図柄を明けの明星とする、④民族歌を「我が地パプア」とすることなどを採択し、12月1日に民族旗の掲揚式典を挙行した。そうしたことからパプアの分離独立派は12月1日をパプアの独立記念日と位置付けているのである。
 高まるパプアの分離独立要求を懐柔するためインドネシアは2001年にパプア特別自治法を制定した。しかしながら、これもパプアの分離独立要求を収束させる決め手にはならなかった。それどころか2005年8月には、この法律を中央政府に「返上する」運動がパプア各地で繰り広げられる事態となった。
 パプアの地におけるパプア人の特権と優遇措置を定めたパプア特別自治法の制定は、中央政府にとってパプアをインドネシアにつなぎとめるための最大限度の譲歩であったはずである。これが受け入れられなければ、パプア問題の政治的な解決は、もはや分離独立の是非をめぐる住民投票を認めるほかすべがない。だが、現状としてインドネシア政府がそこまでの決断を下すことはまず考え難い。
 本書は、インドネシアが抱えるパプアの分離独立問題とは何なのか、つまりなぜ長年にわたりパプア人は民族自決権を要求し続けているのかをパプア人の立場から明らかにするために書かれた。なぜならジャカルタに中央政府を置くインドネシアとその国の東端で絶えることなく民族自決権を要求し続けているパプアとの間では、インドネシアへのパプアの併合から今日までの間、パプア人が置かれてきた状況とその歴史への認識に著しい歪みが見られるからである。


【著者はこんな人】
井上 治(いのうえ・おさむ)1964年、東京生まれ。
1987年、拓殖大学政経学部政治学科卒業。
1992年、同大学院経済学研究科博士後期課程満期退学。
社団法人国際情勢研究会研究員、ダルマプルサダ大学(インドネシア)客員講師などを経て、2003年、拓殖大学政経学部助教授。
2011年、拓殖大学政経学部教授。

【主な著作】
単著:『ペタ関連資料・日本人指導官の意識と行動・森本武志・ジャワ防衛義勇軍』(鳳書房、1995年)
編著:『ペタ関連資料・カプテン柳川留魂録・ジャワ防衛義勇軍・柳川宗成遺稿集』(鳳書房、1997年)
共著:岩崎育夫編『新世代の東南アジア~政治・経済・社会の課題と新方向』(成文堂、2007年)
共著:加納啓良監修『インドネシア検定』(めこん、2010年)など。


Top Page> 書籍購入