赤VS黄 第2部 政治に目覚めたタイ


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 写真・文:ニック・ノスティック
 訳:大野浩
 装幀:臼井新太郎

 定価2500円+税
 A5判並製・168ページ・オールカラー
 ISBN978-4-8396-0282-6 C0030

 【関連書】 赤VS黄 タイのアイデンティティ・クライシス   バンコク燃ゆ   

   




画像1(本書より)

赤

画像2(本書より)

黄




 2009年、タイでは、親タックシン派の赤シャツグループと反タックシン派の黄シャツグループの対立がさらに激しくなり、パタヤでのアセアン会議の中止、バンコク騒乱(血のソンクラーン)、国王へのタックシン恩赦の誓願とそれに対する反対…と、いくつかの大きな事件が起きました。その後、2011年にはタイで初めての女性首相インラック内閣が成立しますが、混迷は深まるばかり。ついに、2006年以来の軍事クーデタが起きることになります。タイはいったいどこへ行くのでしょうか。
 バンコク在住のドイツ人カメラマン、ニック・ノスティックは、2009年のデモや事件の現場からの生々しいルポをもとに、タイ社会の対立の構造と問題点、今後の展望を冷静に論じます。2009年以降2014年までの詳細な年表、訳註、索引と資料も充実させました。タイの政治と社会を理解するために必読の書でしょう。


【目次】

 1. 舞台の準備
 2. 戦力増強
 3. D-デイ:決行の日
 4. 道路封鎖、パタヤ崩壊
 5. バンコク燃ゆ
 6. 闘いが過ぎて
 7. ソンティ暗殺計画
 8. 赤の攻勢
 9. 新政党
10. タックシンの誕生日
11. 請願の日
12. 偽情報、醜いエリートの闘争
13. プレアビヒアの賭け、黄色動く
14. 社会大衆運動


【はじめに】

 2008年、タイ社会を揺るがしたPAD(民主主義市民連合)の首相府と空港の占拠、赤シャツUDD(反独裁民主統一戦線)と黄シャツPADの暴力的な抗争、そして「国民の力党」の解党処分などの一連の事件(詳細は『赤VS黄――タイのアイデンティティ・クライシス』に)のあと、タイの社会的混乱は、さらに激しさを増している。社会の政治的対立は根深く、賞賛されることの多かったタイ社会の「一体感」は空しいものとなって久しい。アピシット・ウェーチャーチーワ首相率いる民主党連立内閣は、タイ国民と外国人に対して、政権の任期中に国内政治を正常化させることを約束したが、実現には至っていない。タイ社会は、2006年のクーデタの後遺症にまだ苦しんでいる。
 そして、複雑化した赤シャツと黄シャツの抗争に新しい色が加わってきた。赤色は、タックシン・チンナワットを支持する社会層と、UDD内に組織された民主化活動家グループとが結びついて、なお健在だ。最近は過激な「デーン・サイアム(赤シャム)」などの小グループも加わった。一方、PADは依然として黄色だが、新しく設立した政党のシンボルカラーをライムグリーンとした。
 そして今回、「青色」が登場した。青色は、ネーウィン・チットチョープを事実上のリーダーとする連立内閣パートナーの「タイ名誉党」を母体とするグループである。ネーウィンは、以前タックシン・チンナワットと親密で、タックシンの支持母体であるタイ愛国党(TRT)が解党処分となった際、5年間の政治活動停止処分を受けた人物である。青シャツは、ネーウィン・チットチョープが率いる単なる武装集団と思われることが多いが、実際は現政府(訳註:2008年末に成立した民主党アピシット首相が率いる連立政権)を支持する民兵集団で、国粋主義を標榜するスローガン「ポックポーン・サッタバン・サゴップ・サンティ・サーマッキー(王室を守れ―平穏‐平和‐結束)」とプリントされた青シャツを着て、顔ぶれは異なっているが、これまで3度姿を見せている。バックには、「タイ名誉党」が実権を握る内務省がついている。また枢密院議長であるプレーム・ティンスーラーノン陸軍総司令官にきわめて近いブーラパー・パヤック(東の虎)派と呼ばれる「青色」部隊も存在する。この部隊を率いるのは、防衛大臣のプラウィット・ウォンスワン、陸軍総司令官のアヌポン・パオチンダー、その後任として任命されたプラユット・チャンオーチャーと彼らの第21歩兵部隊、女王護衛隊、陸軍幹部中枢に大きな影響を与える人的ネットワークである。(1)また、「緑色」部隊もいるが、これは普通、軍のどちらかといえば中立的な(あるいはどの色にも与(くみ)しない)グループを指して言う。だが、軍隊の中には、多くの下級あるいは中間クラスの兵士だけではなく、タックシン追放時とその後に頻繁に行なわれた政治的な意図による組織替えで昇進のチャンスを逃した幹部クラスにも赤色支持者がいる。ほとんどが主要なポストから外されたとはいえ、軍の親タックシン派はなお存在しているのだ。また、短期間であったが「白色」が登場した。これは政府が中立と平和という見せかけの政策を推進するために組織した活動だったが、全くのピントはずれで、すぐに消えてしまった。
 赤シャツが引き起こした「血のソンクラーン」と呼ばれる2009年4月のソンクラーン暴動は、1992年の「暴虐の5月」の暴動(訳註:1991年2月のクーデタの指導者であった陸軍総司令官スチンダーが前言を翻して首相に就任したことに抗議する大規模集会が1992年5月に開催され、首相を支持する軍が集会に発砲、多数の死傷者を出した事件)以来最大の惨事で、本書の重要なテーマであるが、他にも重要なことが起きている。PADは、抗議集団としては幾分おとなしくなり、自分たちの政治計画を進めるためのツールとして新たに「新政党」(訳註:2009年10月、PADが路上政治から国会へ論戦の場を移すため、PADの指導者ソンティが党首となり設立された政党。議員数は、2013年末2名)を結成し、国会政治への参加を果たした。そこには、民主党連立政権の昔ながらの古い汚職の習慣を引きずる体質への幻滅が見られる。PADの「新政党」は、民主党と選挙の支持者層で広く競合することになるだろう。赤シャツは、2009年4月には一時的に敗北したが、すぐに闘いを継続し、むしろ、より強固になった。ソンクラーン暴動以降、ことはもう路上政治の段階ではなく、あいまいとして非常にわかりにくい状況になっているのである。


 我々の立場は地雷原を歩くようなもので、とても難しい。念には念を入れて調べた上で書き、公表される一語一句を事前に吟味する必要がある。しかし、許された範囲の中にいて、単純に情報を伝えるだけでは、ある出来事をきちんと描くということはだんだん困難になってきており、時にはほとんど不可能である。
 そこで私はできる限り路上政治に密着していきたいと考えている。路上政治は、私が実際に現場経験を持ち、赤シャツと黄シャツの両方、治安部隊など、いろいろな情報源に直接アクセスすることができる。だから、真実、幾分か真実、噂、誤った情報などのジャングルの中を私は上手に動き回ることができる。複雑怪奇なエリートの抗争を解読するのは、タイのエリート社会に人脈を持ち、彼らを正しく理解するために必要な学問的素養のあるリサーチャーに任せることにしたい。それに私は、タイ社会を分析する上で、従来無視され続けた底辺からの視点が極めて重要であると考えている。タイの政治は、もはや一部エリートだけが関与でする領域ではなく、一般大衆の考え方や希望に強く影響を受けるものになっているのである。


【著者と訳者はこんな人】

Nick Nortitz ニック・ノスティック
1968年生まれ、ドイツ出身。
1993年、バックパッカーとしてタイを訪れる。タイに魅かれ、タイ人女性と結婚。
写真家としてタイに居住し、2005年以降、混乱するタイのデモ、集会などを精力的に取材してきた。ハンブルグのFocus photo and Press Agencyのメンバー。

大野 浩 おおの ひろし
1956年 東京生まれ
1979年 慶応義塾大学経済学部卒 太陽神戸銀行入行。
シンガポール支店、ロンドン支店勤務を経て
1998年〜2001年 タイさくら金融証券会社、タイさくら金融会社勤務
2007年〜2010年 財団法人日本タイ協会事務局長、常務理事
協会機関誌『タイ国情報』の執筆・企画・編集、『現代タイ動向2006−2008』(2008年、めこん)編集、日本タイ学会編『タイ事典』(2009年、めこん)出版協力。『赤VS黄 第1部タイのアイデンティティ・クライシス』訳。


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