【書評再録】
◎『JAMS News 』(日本マレーシア研究会会報)No.31掲載

獅子の町・海峡の風
佐藤考一著

 本書は、インドネシア、マレーシア、シンガポールを「マラッカ3国」とまとめ、それぞれの社会の特徴を整理したうえで、この地域の文化や自然をまとめたものである。
 本書も、「癒しと呪い」を中心的なテーマの1つにしていると言うことができる。インドネシアやマレーシアのドゥクンとシンガポールのタンキーを取り上げ、その実態を紹介して考察を加えている。インドネシアではスハルト大統領自らドゥクンを利用していた。また、シンガポールのように経済開発が進んだ国においても、HDBの1階の自宅の一部を改造して廟にしている例が見られる。これを著者は、人間の弱さと、それを克服しようとするあがきの現われでって、日本を含めて人間社会に共通する生き様を示すものであると結論付けている。それはまた、通信技術やファッションで世界の最先端を行くシンガポールの住民たちが怪談を好み、宝くじを当てるのに近親者の霊を呼び出そうとする姿とも重なるところがあるという。
 本書は、著者が「マラッカ3国」をすみずみまで歩き、身体で感じてきたものを書き記したものである。それだけに、情報のディープさでは群を抜いている。マレーシアの全ての州でナシゴレンを食べ比べてみたり、マレーシア、インドネシア、シンガポール各国の動物園を訪ねてオオトカゲの餌の時間を比べてみたりと、本書は普通ではなかなか思いつかないような情報で溢れている。中国のケ小平、台湾の李登輝、シンガポールのリー・クワンユーがいずれも客家の出自であるというのはよく言われることだが、さらに一歩踏み込んで「この3人はいずれも客家方言が話せない」と見ているところが一味違う。唯一残念だったのが、この3国を「マラッカ3国」とする呼び方を本書ではじめて知ったが、その名前については本書で説明がなかったことだ。これについては機会があったらぜひ伺ってみたい。
 本書のもう1つの特徴は類書に比して写真の点数がとても多いことである。ほぼ全ての項目にカラー写真が何点も入っているが、なかでも、各種スポーツの紹介では分解写真のように何枚もの写真で動きがわかるような見せ方をしてくれるし、動物の項目では紹介された動物それぞれに写真が添えられている。しかも、その写真のほとんどが著者自身の撮影によるものだという。マレーシア、インドネシア、シンガポールのさまざまな文物について、文献で知っていても実物を見たことがないという人にとっても本書はお勧めの一冊である。(山本博之)

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