船頭タリニ

- 現代インド文学選集⑦[ベンガリー] -

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タラションコル・ボンドパッダエ著/大西正幸訳
定価 2500円+税
四六判・上製ハードカバー・306頁
ISBN978-4-8396-0292-5 C0397

西ベンガルの荒々しい自然とカースト制度の中で生きる人々の根源的な叫びを描いた7つの短篇。30年ぶりの名訳です。

【著者と訳者はこんな人】
タラションコル・ボンドパッダエ
 (解説より)ラビンドラナート・タゴール(1861-1941)後のベンガル語近現代文学史において、最もすぐれた作品を生み出した作家の一人に数えられる。生涯を通して二百篇近い短編と六〇篇を超える中長編小説を書いている。それに加え、詩、戯曲、紀行文、批評文、自伝的文章などの作品がある。
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 彼の文学作品の中では、初期から中期にかけての、ビルブム(インドの西ベンガル州ビルブム県。東はバングラデシュ、北はネパールに近い)のさまざまな階層の人びとの生活を題材とした一連の短編群と、中後期に書かれた、『半月土堤の伝承』(1947)、『伝統治療院』(1953)などに代表されるビルブム社会の変遷を捉えた叙事詩的な長編群が、二つの頂点を形作ると言っていいだろう。これらの作品によって、彼はベンガル文学に新しく広大な領域を切り開くことに成功した。彼が切り開いたこの領域は、この後、ショモレシュ・ボシュ(1924-1988)、モハッシェタ・デビ (1926-)などのいわゆる社会派の作家たちに受け継がれ、現代ベンガル文学の最も豊かな潮流を形成することになる。
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 タラションコルは、何よりもビルブムの土に根ざす作家であり、生涯にわたってビルブムの自然・人・社会を描くことにこだわり続けた。この点が、それ以前の、おもにコルカタに拠点をおいた知識人によって育まれてきたベンガルの近代文学と彼の文学を分かつ、大きな相違点である。彼が文壇に登場した一九三〇年代は、一九〇五年のベンガル分割令を機に高まる民族主義運動の中で育った作家たちが新しい声をあげはじめた、ベンガル文学史が近代から現代へと展開する結節点となる時期である。この時期、コルカタでは、同時代の西洋文学の影響を強く受けた都会派の作家・詩人たちが輩出したが、そのいっぽう、タラションコルに加え、ビブティブション・ボンドパッダエ (1894-1950)、マニク・ボンドパッダエ(1908-1956)といった作家たちによって、ベンガルの農村社会を本格的に扱った重要な作品が次々に出版された。
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 本格的な文学活動を始める前の一〇年あまり、タラションコルは、故郷の村ラブプルを拠点に、父から受け継いだ土地の管理に携わるいっぽう、民族主義運動の活動家として、また旱魃やコレラに苦しむ人びとに奉仕する農村活動家として、ビルブムの農村地帯を廻り最下層の人びとともに過ごした。初期の短編群では、こうした体験に研ぎすまされた彼の目を通して、多様な階層の人びとの人物像や生活の姿が至近距離から実に鋭い輪郭をもって描かれている。またここに描かれた生活の姿は、一九二〇~三〇年代にはまだビルブムの農村社会の中に深く息づいていたが、その後、第二次世界大戦の影響とそれに続く印パ分離独立に伴う社会の激変の中で急速に失われていくものである。これらの短編群は、したがって、いわばビルブムの伝統的農村社会の最後の光芒を捉えた、奇跡的な作品群であると言えるかも知れない。中後期になるに従い、彼は、この社会に生きる人びとの姿を、大きな書き割りと歴史的なパースペクティブの中に位置づけ、より成熟した筆致で描くようになるが、初期の短篇に見られる独特の鋭さ・生々しさは次第に薄れていく。
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大西正幸(おおにし・まさゆき)
東京大学文学部英語英米文学科卒。1976~1980年にかけてインドに留学。ベンガル文学・音楽などを学ぶ。オーストラリア国立大学文学部言語学科にて、ブーゲンビル(パプアニューギニア)の少数言語モトゥナ語の記述研究でPh.D.取得。名桜大学(沖縄)教授、マックスプランク研究所(ライプツィヒ)客員研究員、総合地球環境学研究所客員教授などを経て、現在は同志社大学文化遺産情報科学研究センター嘱託研究員。専門はベンガル文学・口承文化、記録・記述言語学、言語類型論。
訳書に、ラビンドラナート・タゴール著『家と世界』上下巻(第三文明社)、モハッシェタ・デビ著『ジャグモーハンの死』(現代インド文学選集3、めこん)、ニコラス・エヴァンズ著・大西他訳『危機言語―言語の消滅でわれわれは何を失うのか』(京都大学学術出版会)など。


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