【書評再録】
◎『地理空間』第1巻第1号,pp.77-79(2008年6月発行) 掲載
ラオス農山村地域研究
横山智・落合雪野編
本書は専門を異にする15名の研究者の協働により編まれた学際的なラオス地域研究の成果である。編者自身が本書をして「外国語で書かれた書籍を含めても,ラオス農山村をここまで多面的に,かつ広範囲に論じた類書はない」と断言するように(3頁),ラオスに関心を持つ者にとって,本書はまさに待望の一冊と言っても良いだろう。
本書のような研究成果が希求されてきた背景として,ラオス農山村地域をめぐる特殊な事情が指摘できる。まず,ごく近年まで本地域での外国人研究者による研究活動は極めて困難であった。これは本地域における第2次世界大戦後の20余年にも及ぶ内乱と,その後に続く社会主義政府による国内移動の統制,特に農山村地域への移動制限によるところが大きい。外国人研究者に農山村地域での研究活動を認可されるようになるのは,2000年前後まで待たねばならなかった。次に,研究が遅々として進まない状況にあって,本地域は大きく変化を遂げつつあった。特に1986年に始まる「チンタナカーン・マイ」に基づく経済自由化と対外開放政策は,交通・通信インフラ整備,商品作物栽培の普及,NGOによる農村開発プロジェクト,中央政府による土地利用の近代化など様々な変化を本地域にもたらしていた。
つまり,現在のラオス農山村地域はその来歴すらも知らされぬままに大きく変化を遂げようとしており,それだけに本地域の現状を伝える研究成果が望まれてきた。本書は長らく研究空白地域となってきたラオス農山村地域を対象とした地域研究の嚆矢として,重要な意義を持つものである。
本書は第1章を導入部として,「社会」・「水田」・「森林」・「生業」の4部からなる10章5小論で構成される。本書で一貫して主題とされる対象は,ラオスの農山村に連綿と継承されてきた農業と森林とをめぐるローカルな実践と知識であり,これを軸に各論考が展開されている。
まず,第1章「ラオスをとらえる視点」の河野・落合・横山論文では,農業と森林とをめぐるローカルな営みを把握する二つの視点が提示される。一点目はその在地での社会的意義を明らかにしたり,これを生物多様性や環境保全などの議論に結びつけたりすることで,ローカルな営みを再評価・普遍化しようとする視点である。もう一点は,これが国家の近代化政策,諸外国による援助活動,市場経済の浸透など,いわばグローバリゼーションとのかかわりの中で変化していく過程とその結果とに地域性を見出そうとする視点である。編者の言葉を借りれば,前者が「変わらないことの意味」を,後者が「変わることの意味」を現代のラオス農山村地域の営みからそれぞれ見出す視点と言えよう(5頁)。以下の各論考は,概ねこの二つの視点からラオス農山村地域の来し方と行く末を検討する。
第1部「社会」の高井論文「消えゆく水牛」は,水牛をめぐる農村部の伝統的な生活形態を明らかにし,その近年の変容を検討する。特に後者について,近年急速に加速しつつある水牛売却を取り上げ,その原因が水午による食害係争の発生による放し飼い禁止と国内での食肉需要の増加にあることを明らかにした。続く「民族間関係と民族アイデンティティ」の中田論文では,ラオス国内の多数民族ラオと少数民族ラオ・トゥンとの間に見られる諸関係に注目する。これによれば,ラオスにおいては多数民族と少数民族との境界はおおむね暖味であり,時に少数民族が多数民族に自らの意志で同化することすらあり,それを多数民族の側も拒まない傾向にあるという。
第2部と第3部はラオス農山村地域の主要な生業空間である「水田」と「森林」とをそれぞれテーマとする論考からなる。富田論文「水田を拓く人々」は盆地部農村における水田開拓過程を検討し,その要因を明らかにする。なかでも,伝統的な水田相続のしくみは村内の社会階層の平準化に寄与していた点で重要な意義を持つものと考えられる。しかしながら,近年そのしくみが崩壊しつつあり,これが水田面積と社会階層の固定化につながりつつあると指摘される。「水田の多面的機能」の小坂論文は,ラオスの伝統的景観である水田のもつ多面的機能を検討する。これによれば,ラオスの水田は「水稲作」という基本的機能を十全に果たしていることに加え,「農業」・「採集と捕獲」・「保全」の側面から重層的に利用される空間であるという。その意味で,ラオスの水田は先進諸国で議論される農村や農地の「多面的機能」を示す好例であり,近代稲作が目指す一つの姿であると評価される。
名村論文「土地森林分配事業をめぐる問題」は,1996年から開始された土地森林分配事業の概要とこれに関わる諸問題を整理し,問題発生の原理とその解決策を提示する。ここでは,法令とその運用との問の乖離など同事業の抱える問題が指摘され,その解決には各アクター問の利害調整と徹底した対話が必要となると論じられる。「植林事業による森の変容」の百村論文は,近年ラオス全土で拡大しつつある商業的な植林事業に着目し,その森林と人々の影響について論じる。これによれば,これらの植林事業は貧困撲滅を掲げて行なわれているものの,その成否は流動的であり,さらにその失敗による不利益は住民達に負わされる構造となっているという。つまり,商業的な植林事業は,その理念に反して住民の貧富差を拡大させる可能一性を持つ。竹田論文「非木材林産物と焼畑」はラオス北部の山村を事例に,非木材林産物の収穫を軸とする焼畑安定化の方策を探る。そして,焼畑の安定化は生態系に応じた十分な休閑期問によって担保されるものであることを指摘した上で,無理に市場経済の流れに合わせず,機を「待つこと」の重要性を力説する。
第4部「生業」では,ラオス農山村の生業の伝統的なありかたとこれが外部アクターとの関わりから変容しつつある現状が検討される。落合・横山論文「焼畑とともに暮らす」は,焼畑村落における住民の植物利用を概説し,時問の経過に伴って変化する住民の土地への認識とその複合的な利用を明らかし,焼畑を連続するプロセスとして認識する重要性を指摘する。「開発援助と中国経済のはざまで」の横山・落合論文は,政府による土地森林分配事業,NGOによる開発援助,そして中国経済との関わりの中から村の伝統的生業が大きく変化しつつある現状を検討する。そして,これら3者のアクターが相互補完的に,または相互に矛盾を抱えたままラオス農山村地域に歪な変容をもたらしている様子を描写する。河野・藤田論文「商品作物の導入と農山村の変容」は国家レベルでのマクロな視点からラオス農山村地域における商品作物の導入過程を検討した。そのうえで,商品作物栽培の導入に関するラオスの地域性を指摘している。
以上,簡便に本書の各論考を解説した。「変わらないことの意味」と「変わることの意味」のいずれが強調されるかは,各論考で異なるものの,いずれも伝統と近代との間で揺れ動くラオス農山村地域の現在を綿密なフィールドワークから鋭く描写する好論であることには疑いない。また,各小論については解説を省略したが,こちらもラオス研究者による活き活きとした現地報告であり,是非目を通されたい。
最後に1点だけ本書の構成に関して,評者が感じた違和感を指摘しておきたい。本書は4部から構成されているが,これらの構成の根拠と各部問の相互関連性が明確ではない。これを整理して第1章中に示したほうが,後に続く各論考のラオス農山村地域研究における位置づけが明確になると考えられる。もちろん,本書があらゆる側面で急激に変化しつつあるラオス農山村地域を対象としていることを考えれば,各論考を位置づける作業は時期尚早かもしれない。いずれにしても,ラオスの地域研究は本書の刊行をもってまだ緒についたばかりである。今後の研究の深化を願ってやまない。
最後に,本書と同様の意義を有する成果として,野中編(2008)が同時に刊行されていることも指摘しておく。また,本書で詳説の限られるラオスの歴史・政治・経済・文化などの概説については,ラオス文化研究所編(2003)が参考となる。両書ともに本書の理解を深める上で有用な情報を提供するため,本書をこれらと併読されることを推奨したい。
渡邊敬逸
【文献】
野中健一編(2008):『ヴィエンチャン平野の暮らし一天水田村の多様な環境利用』めこん。
ラオス文化研究所編(2003):『ラオス概説』めこん。 。
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