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ベトナムのこころを詠う国民文学
翠翹(トゥイ・キェウ)伝

阮攸(グエン・ズー) (著)

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皆川一夫 (訳・解説)


定価 2,800 円+税   3,080 円(税込)
ISBN978-4-8396-0348-9 C0098

A5判 486ページ 並製
2026年10月初版

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 ホー・チ・ミンが数々の場でその章句を好んで引用したベトナムの
国民文学です。
 悲劇のヒロイン翠翹(トゥイ・キェウ)のドラマチックな半生を描い
た物語詩。深窓の令嬢、翠翹が冤罪で捕われた父親を救うために、将
来を誓った恋人がいるにもかかわらず、遊郭に身を売り、相次ぐ不運・
奸計・裏切りなどで娼婦に身を落とし…という波乱万丈のストーリー
もさることながら、この国民文学の最大の魅力は3254 行に及ぶ詩文
各行の含蓄に富んだ、そして美しい響きを持った1 つ1 つの章句です。

 その多くは慣用句やことわざとしてベトナム社会の中に定着し、文学、
演劇、映画、詩歌、歌謡、音楽、占術など多くの分野に浸透していま
す。ベトナムの人たちの精神世界を理解する上で「翠翹伝」の世界を
知ることは不可欠であると言われています。

 「翠翹伝」はベトナム人の魂、人生観そのものなのです。

著者・訳者プロフィール

著者:阮攸(グエン・ズー、Nguyễn Du)
 1765年 ベトナム中部ハ・ティン(河静、Hà Tĩnh)生まれ。別号「トー・ニュー(素如、Tố Như)」、「清軒」、「鴻山獵戸」他。

 1783年、19才で科挙予備試験に合格し、レー(黎、Lê)朝(1428-1789、首都は北部タンロン(昇龍)/現ハノイ(河内))に仕官。レー朝滅後、故郷に帰り隠棲。1802年、求めに応じグエン(阮、Nguyễn)朝(1802-1945)に仕官。1813年、大使として中国・清朝へ赴任。1820年、清朝大使として二度目の赴任直前に病没(享年56)。

 著作は「翠翹伝」(越語)の他、「北行詩集」(漢文)、「清軒詩集」(同)など多数。グエン・ズーは「民族大詩人」(Đại Thi Hào Dân Tộc)と称されており、2013年ユネスコ総会で「世界文化偉人」に認定された。

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訳・解説:皆川一夫  (ミナガワカズオ)  (訳・解説)
 1947年、秋田県(湯沢市)生まれ。1971年、東京外国語大学(インドシナ科ベトナム語科)卒業後、外務省入省。外務本省では経済局、アジア局、総合外交政策局、領事局に勤務。在外ではベトナム(南北計4回)、パリ(OECD代表部)、UNHCR(駐日事務所代表代理)、ニューヨーク(国連代表部)、パプアニューギニア(大使館)、ミラノ(総領事館)、インド(チェンナイ/総領事)およびウガンダ(大使)に在勤。2013年退官。2021年瑞宝中綬章受章。

 著書に「ベトナムのこころ」(1997年、めこん)、「生活の中のベトナム語」(1997年、国際語学社)及び「くらしのベトナム語ハンドブック」(2005年、同)、訳書「ベトナム老人はなぜ元気なのか」(2000年、草思社)など。1997年、「ベトナムのこころ」で第13回上智大ヨゼフ・ロゲンドルフ賞(異文化交流)受賞。柏市およびホーチミン市在住。

[目次]

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訳者まえがき 
登場人物 

第一章 王家
第二章 淡仙
第三章 邂逅
第四章 予兆
第五章 契り
第六章 出立
第七章 犠牲
第八章 漂泊
第九章 楚卿
第十章 転落
第十一章 束生
第十二章 判官
第十三章 離別
第十四章 邪悪
第十五章 誘拐
第十六章 奴婢
第十七章 再会
第十八章 出家
第十九章 覚縁
第二十章 不運
第二十一章 徐海
第二十二章 裁き
第二十三章 戦死
第二十四章 入水
第二十五章 救命
第二十六章 金重
第二十七章 団欒 
終章

訳者あとがき/解説
参考文献

​訳者まえがき
 本書は、日本で「金雲翹」(キム・ヴァン・キェウ)として知られているグエン・ズー(阮攸、Nguyễn Du 1765-1820)作・長編叙情詩「翠翹(トゥイ・キェウ)伝」(Truyện Thúy Kiều)の日本語訳である。
 「翠翹伝」はベトナムの心を表す魂の書としてベトナムの人々に古くから親しまれている民族古典文学であり、ベトナム独立の父ホーチミン(胡志明、Hồ Chí Minh 1890-1969)も、これを支えとして革命を率い独立を成し遂げた。

 しかし、その物語自体はグエン・ズーによる創作ではなく、中国・清代の通俗小説「金雲翹伝」を元に翻案したものであり、舞台設定(中国・明代)、地名、登場人物名、引用典籍なども原本のものをほぼそのまま踏襲、採用している。内容は大幅にベトナム化する形で変えているのに舞台をベトナムに変えなかったのは、作者グエン・ズーが当時のグエン(阮、Nguyễn)朝(1802-1945)の現役高官であったことから、社会(朝廷)批判的な内容も含むこの物語が直接的で生々しくなることを避けたからではないかと思われる。むしろ、作者にとっては原作の舞台を踏襲する方が却って好都合だったのであろう。
 「金雲翹伝」は、主人公である傾国の麗人「翠翹」(トゥイ・キェウ、Thúy Kiều)の波瀾万丈の半生を綴る物語であるが、グエン・ズーは大使として清に赴任した際(1813)にこれを読み、主人公の不遇な生涯が自分のそれに酷似していると思われ感銘を受けた。即ち、将来を誓った恋人がいながら家庭の不幸のために苦界に身売りし波瀾万丈の人生を送った翠翹は、忠誠を誓ったレー(黎、Lê)朝(1428-1789)が滅亡したため不本意ながらグエン朝に仕えざるをえなかった自身の人生に重なる思いがしたのである。そして、忠臣としての初志を果たすことの出来なかった自身の人生への様々な思いを「翠翹」を通じて綴ろうと思い立った。

 しかも、当時は書き言葉としては使われていなかったベトナム語及びベトナム固有の詩文形式「六八体」(六語と八語の句を交互に韻を踏みながら並べていく)を用い、かつ、数千年にわたり蓄積されてきた民族としての知恵や記憶を歌謡や諺などを通じて掬い上げながら、珠玉の長編叙情詩(全3254 行)として詠み上げた。
 ベトナムでは中国による支配が1000 年余も続いていた(「北属」時代 BC111-AD938)こともあり、当時でも公文書や詩文などは漢文で書かれていたのであるが(日本や朝鮮半島も同じ漢文化圏として程度の差はあれ、似たような状況にあったことを思えば分かり易いかもしれない)、グエン・ズーは民族固有の文化に根差した表現が肝要との信念から、敢えて土着の言葉と詩文形式で本書を著した。
 これにより、それまで「田舎言葉」として蔑まれていたベトナム語は、人間の内奥の機微な感情や思惟、森羅万象などのあらゆることがらを流麗かつ縦横に書き表わされることが示され、ベトナム人は自国の言葉に誇りを持てるようになったのである。こうして、グエン・ズーは「翠翹伝」をベトナム語で詠むことにより漢文化の軛を脱し、言語面でベトナム民族の精神的独立を果たすことになったとも言える。
 本書「翠翹伝」の筋としては、主人公の翠翹が冤罪で捕われた父親を救うために、将来を誓った恋人(金重)がいるにもかかわらず青楼(遊郭)に我が身を売り、夢で歌姫の亡霊(淡仙)から随時お告げを受け、要所で尼僧(覚縁)の加護を得ながら、浮沈激しい流転の旅(深窓の令嬢→青楼妓女→楼客・束生の側女→正妻・宦祖の端女→出家→青楼妓女→国王(徐海)夫人→入水→出家)を続け、15年後に家族と金重に再会する物語であるが、本書の真価はこの物語の筋にあるのではなく、あくまでもそれを詠む六八体の詩文の流麗さ、叙情性や文学性、思想性にあるとされている。それ故に、ベトナムの人々は流麗に吟じられるこれら詩文の数々を自身の境遇にひきあてて愛唱し、心の糧としているのである。
 元来が音楽的言語であるベトナム語の究極は「翠翹伝」に結晶していると言っても過言ではなく、「翠翹伝」は豊穣なベトナム語の宝庫となっている。このため、各種ベトナム語辞典での例文も「翠翹伝」からの引用が圧倒的に多い。
 こうしたことから、グエン・ズーは「民族大詩豪」(Đại Thi Hào DânTộc)と称されており、グエン朝時代の文人ファム・クイン(PhạmQ uỳnh 1892-1945)は、「翹伝がある限り我が言葉は残り、我が言葉がある限り我が国は残る」と述べた。

 「翠翹伝」の言々句々の多くは諺としてベトナム社会の中に定着し、「翠翹伝」の物語は文学、演劇、映画、詩歌、歌謡、音楽、占術など多くの分野に浸透してベトナムの精神世界に深甚な影響を与えており、ベトナムの人々の精神世界を理解する上で翠翹伝」の世界を知ることは不可欠である。「翠翹伝」はベトナム人の魂、人生観そのものであるからである。
 こうしたベトナム語による六八体の流麗な詩文の響きを日本語による翻訳で再現することは所詮叶わぬ夢ではあるが、私としては文語体訳により出来るだけその雰囲気と調子を伝えられるように努めた。ただ、文語体は特に今の若い世代の人にとっては難解のようであるので、文語訳読解の助けとして現代語(口語)訳も作成した。
 これにより、日本の読者の皆さんを、ベトナムの人々が生きる精神世界の旅へと誘うことが出来れば幸いである。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

株式会社めこん

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