【書評再録】

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◎2006年7月号 月刊『クロスロード』掲載(2006年 国際協力機構青年海外協力隊事務局発行)

フィリピン―日本 国際結婚
佐竹眞明、メアリー・A・ダアノイ著

国際ボランティアを考えるための本・第15回

 グローバリゼーションとは、モノ、カネ、情報、技術、ヒトが国境を越えて大量かつ速く移動する現象だとよく言われる。
 しかし、この現象を南北関係からよく観察すると、カネと情報が突出してグローバル化しているのに対し、ヒトの移動のグローバル化はすでに大規模に行われているものの、最も制約を受けている。
 1990年代初頭、「北」から「南」へと流入したカネの中心は、民間銀行の貸し付けと政府開発援助(ODA)だったが、今日では、直接投資と「北」への移民労働者からの送金が首位を占めている。
 このように南北間のカネの移動がグローバル化していることを、私たちに最もわかりやすく確認させてくれる出来事は、何といっても、アフリカやアジアの小都市にまで進出してきている、海外からの送金ビジネスを手がけている米国系のウェスタン・ユニオン社の登場であろう。
 私がよく行く西アフリカでも、「北」への出稼ぎ労働者からの送金を受け取る所は、かつては個人ネットワークか郵便局であったが、今や、方々で見かける黒地に黄色の文字が記されたウェスタン・ユニオンの看板を掲げる窓口が中心となっている。同社はナイジェリア一国内だけでも1000の窓口を開いているとのことだ。
 今から150年前、米国の西部での電信業で発足した同社は、カネの流れの自由化を利用して、今や「北」から「南」への送金業の首位に上りつめたわけだ。
 これに対して、ヒトの流れは、いまだ「北」の諸国からの様々な規制の対象となっている。つい最近の米国での移民政策改革はその顕著な事例だろう。この改革案は多岐にわたるが、はっきりしていることは、越境した「不法移民」を従来の民事犯罪でなく、刑事犯に切り替えたり、メキシコとの国境沿いに1000キロ以上の壁を設置するなど、「南」からのヒトの移入を厳しく制限した点であろう。これに反対し、この春には米国史上未曾有(みぞう)の規模で移民の人権を求める抗議行動が生じている。
 実際、グローバリゼーションの時代といっても、ヒトの移動がモノやカネの移動と決定的に異なるのは、生身の人間が移動し、生活しているという側面を有していることである。「北」の社会において、このヒトの移入について、単に便利な労働力を提供する存在として位置づけるのではなく、その地で生活者として、また地域の文化を多様で豊かにしてくれる社会・文化的存在として移住者を受け入れていく視点が、近年ますます重要になってきている。
 この点に関し、国民の1割が海外に移住している出稼ぎ大国フィリピンを事例として、移住国日本の社会で、フィリピン人、とりわけ女性移住者がどのような多文化共生を実現しているのかを追っている『フィリピン‐日本 国際結婚』は示唆(しさ)に富んでおり、かつ楽しく読めた。
 本自体、国際結婚(intermarriage)をしたニッポン人の夫とフィリピン人の妻の両者の共著となっている。とくに、生まれた子どもにどんなアイデンティティーを形成すべきかという課題について、夫妻自身、子どもの名づけに際し、日本名に母方のフィリピン姓を組み込むことに成功した(1994年高松家庭裁判所による改名審判)事例などは、日本社会が目指すべき多文化共生のシナリオをかいま見せてくれる。

勝俣 誠(明治学院大学教授)


◎2006年10月14日 図書新聞掲載

フィリピン―日本 国際結婚
佐竹眞明、メアリー・A・ダアノイ著

日比国際結婚をめぐるさまざまな価値
多文化共生という課題のために


 国際結婚の研究をしていると自己紹介すると、国内外を問わず、一般の方、研究者を問わず、相手から紋切り型の質問がやってくる。日本では「国際結婚してらっしゃるの?」。国際結婚という正確な英訳はない。本書の英文タイトルは、「フィリピーナー・ジャパニーズ インターマリッジ(フィリピン人女性と日本人男性のインターマリッジ)」とあるように、インターナショナル・マリッジではなく、異文化間結婚や異人種間結婚を表現するものとしてわざわざ専門用語インターマリッジとして表現している。この言葉は一般の会話ではほとんど使われることはない。海外では「君のパートナーは外国人?」と聞かれる。『負け犬の遠吠え』(講談社)の著者酒井順子と同じ丙午に生まれた「負け犬」は、「いいえ、研究すればするほど、いかに大変なエネルギーが必要であるかがわかりますので、結婚そのものが」とまともに答えても、「まあ、一度ぐらいはしてみたら」と茶化される。結婚は、人種を問わず、国籍を問わず、ジェンダーを問わず、年齢を問わない、まさにユニヴァーサルな事象だけに、誰でも食いつけるトピックである。しかし、それゆえに、結婚を学問するのは難しい。
 その点本書の著者は、私が辟易している質問に胸をはって答えられる。著者紹介によると、メアリー・ジェーン・ダアノイ氏はフィリピン出身で心理学を専攻され、四国学院大学教養部で、フィリピンの宗教・文化、および英語を教えておられたようだ。日本人配偶者の佐竹眞明氏は、1988年にフィリピンに留学中にパートナーとなる女性に出会い、1990年に結婚。3人の子どもたちの父であり、母であり国際結婚当事者による、フィリピンと日本の国際結婚に焦点を当てた本邦初の書籍である。
 フィリピン女性による日本への出稼ぎ、農村花嫁、異文化結婚と日本男性など、日比国際結婚をめぐるさまざまな側面を取り上げている。しかし、研究書としてみると何が全体の論点であるのかが、ぼやけてしまっているように思われる。専門分野が異なる研究者の共著ということで、苦労されたのではないだろうか。さらに、夫婦とも「実践」者であり、研究者という稀な本だけに、研究者としての「立ち位置」なのか、生活者としての「立ち位置」なのかを、切り離すことは難しいのかもしれない。
 統計データも様々な角度からよく整理されている。しかし、離婚率の計算が、本文には何の断りもなしに、2004年の離婚件数をその年の国際結婚数で割り、100をかけて算出してあるので、30から40%という数字になっている。家族社会学では、普通離婚率は人口1000人あたりの年間離婚件数を示す。ちなみに近年の日本人の離婚率は2.10前後である。一般書であるなら、なおさら本文に解説があったほうがいいのではないか。
 「第2章フィリピン―日本国際結婚」はこのご夫婦のネットワークがいかんなく発揮されている。60組もの事例が上がっている国際結婚研究そのものが、貴重であるだけではない。4ページにわたるリストの詳細を見ても、それぞれのカップルあるいは家族のライフ・ヒストリーがきちんと聞き取れているであろうことが、容易に想像できるだけに、惜しい。この章に詳細なエスノグラフィーを加えるだけで、一冊の名著ができるであろう。一冊は、学部の教科書風に、もう一冊は、専門書的なエスノグラフィーだけに徹しても、良かったのではないだろうか。特に、日本男性の視点、フィリピン女性の視点と、同じ「生活世界」をどのようにとらえているかが交互に分かるような仕掛けにしてくれると、フィクションでありながら、村上春樹の小説を読んでいるような感覚の研究書ができるのではないか。今後に期待したい。
 60組の半数教が、本州ではなく、このご夫婦の勤務先であった香川県にある四国学院大学時代に出会ったインフォーマントだと考えられる。1985年にフィリピンからの「野損花嫁」を山形県朝日町が初めて行政主導で迎え入れたのに続き、徳島県の東祖谷山村(ひがしいややまそん)も87年に6組のカップルが成立した。その中で2005年6月現在も村に残っている2人を含め、6組全員がこのリストに入っている。あれだけマスコミが殺到したにもかかわらず、山形の朝日町の「その後」がわからないでいただけに(残念ながら本書でも「その後」はわからない)、気になっていた東祖谷山村の「その後」を知ることができるのも本書のすごさとして唸るところである。それだけに「東祖谷山村の現在」が1ページ足らずで終わってしまうのが、二度唸らずにいられない。
 フィリピンから多くの女性が流出しているように、日本から多くの日本人女性が流出している。フィリピン国内では、海外で稼ぐ女性のいる家族の下で、さらに再生産労働を強いられるというより弱い立場の親族や女性がいる。女・女格差がある。有吉佐和子が『非色』で描いたように戦争花嫁の笑子が、ニューヨークのキャリア組日本人女性の家で家政婦をするように。日本人女性の出生率の低下は日本国民の減少と直結している。外国籍女性の出生率の上昇は、果たして「日本国民」の増大へと向かうであろうか?最終章の「ごちゃごちゃしてきたない」フィリピンへ、「いつ行くの?」と母親に聞く息子。定年後はフィリピンで過ごしたいという日本人夫もいる。日本は、子どもたちに「選ばれる国」になるのであろうか?
 本書は、日本人男性と来日したフィリピン人女性の目で書かれている。女子大に勤める私は、ほとんど日本人女性ばかりの学生に、あなたの子どもが学校に行く頃には、クラスに2人はクロス・カルチュラル・チルドレンがいるはずであり、同じ母親として、外国籍の女性と「多文化共生」していって欲しいと伝える。日本人のお母さんが、どのように外国籍のお母さんたちと共生していったらいいのか。日本人の母親世代が、異なるエスニシティの同性とどのように共存していくかは大きな課題の一つであろう。滋賀県の長浜で中国籍の母親が起こした悲劇は、一方で多文化共生の難しさを、一方で、変化しようとしない日本社会の体質の根深さを示した。本書は、ごく普通の日本人女性に読んで欲しい。本のオビに、お母さんへのメッセージを入れたらどうだろうか。

嘉本伊都子(京都女子大学現代社会学部助教授)


◎2006年07月23日 朝日新聞掲載

フィリピン―日本 国際結婚
佐竹眞明、メアリー・A・ダアノイ著

■当事者の思い、子育ての悩み
 学童のいる家の方なら、気づいておられるだろう。フィリピン人を親に持つ子供が身近に増えているという状況に。
 ところが、その内実となると、ほとんど知られていない。日比国際結婚の背景から当事者たちの思いや子育ての悩みに至るまで、きちんと調べて報告したのは、本書が初めてではないか。
 著者たち自身が、日本人男性とフィリピン人女性の研究者夫婦である。その強みをいかんなく発揮して、日本人側とフィリピン人側の双方から多彩な声とデータを集めることに成功している。それらの共通項をひとつだけあげるとすれば、フィリピン人(大半が女性)に対するステレオタイプのまなざしから脱しようと苦闘してきた点だ。
 日本人と結婚して日本に定住したフィリピン人女性は、陽気でしたたかな"ジャパゆき"でも、家を守る従順な"農村花嫁"でもない。私たちと同じく、日本社会で堅実に働き、ささやかな幸せを願う人々なのである。
 ただし、家族第一主義は日本人よりはるかに強い。フィリピンの路上に倒れていても、見知らぬ誰かが助けてくれるという本書の記述に、かの国の人々の魅力が端的に表されている。
評者:野村進(ジャーナリスト・拓殖大学教授)

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