『現代の〈漂海民〉――津波後を生きる海民モーケンの民族誌』へのお便り
- 26 分前
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『現代の〈漂海民〉――津波後を生きる海民モーケンの民族誌』(鈴木佑記著)に、読者の方から感想をいただきました。
著者の鈴木祐記さんに送られた感想を、読者ご本人の許可を得てこちらに転載いたします。
メディアではあまり注目されることのない「現代の漂海民」と生活を共にしながらつづられた貴重な記録。そこに、深い感想を寄せていただいたことに感謝いたします。
感想の筆者、「まりにゃ」様のnoteには、より詳しい記述があります。ありがとうございます。
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(筆者へのお便りから引用)
もともと私は東南アジアの漂海民に興味があり、バジャウ族については書籍や映像作品に触れ、実際に居住地を訪れたこともありました。一方で、モーケン族について体系的に扱った本を読むのは今回が初めてで、大変興味深く拝読しました。
少し個人的なお話になりますが、私は大学でマレーシアについて専門的に学んでいました。本書の中で、モーケンの人々がマレー人による奴隷狩りを恐れていたという証言が紹介されていたことが、とても印象に残りました。
18〜19世紀頃、マレー半島ではマレー系勢力が内陸部や沿岸部の少数民族を奴隷として捕らえていたという記録は読んだことがありましたが、その歴史が少数民族側の記憶として現在まで語り継がれていることを知り、大きな驚きがありました。マレーシアでオラン・アスリの人の話を聞いたことがありますが、マレー人が自分たちを奴隷にしていたみたいな話は彼らから聞けずにいました。歴史資料として知っていた出来事が、人々の集合的記憶として生き続けていることを実感しました。
一方で、旧日本軍について語られているエピソードの中には、私が調べた限りでは史料による裏付けを確認できないものもありました。そのため、戦時中の噂や複数の出来事が結び付いて形成された語りなのではないかと感じました。
ただ、それは決して価値のない話だとは思いませんでした。むしろ、モーケンが海洋で孤立して暮らしていたのではなく、海峡世界を往来する様々な人々から情報を得ながら、世界の動きを理解し、自分たちがどのように生き延びるべきかを考えてきたことを示す語りとして、大変興味深く感じました。
また、2004年のインド洋大津波による社会の変化や、タイ当局との関係についての記述も印象に残りました。モーケンやバジャウをはじめとする東南アジア島嶼部の海民社会は急速に変化し、伝統的な生活様式は失われつつあります。しかし、そのような時代の変化の中でも、彼らは受け身で流されるのではなく、自らの生存にとって何が最善かを考え、合理的かつ能動的に生活を変化させていることが、本書を通じてよく伝わってきました。
モーケンは、私が東南アジアという地域に興味を持つきっかけとなった人々でもあります。それにもかかわらず、これまで体系的に学ぶ機会がなく、今回ようやくその原点に立ち返ることができました。素晴らしいご著書を執筆してくださり、本当にありがとうございました。
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