毎日出版文化賞、贈呈式が開かれました
- 2025年12月18日
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『プラムディヤ・アナンタ・トゥールとその時代』(上・下)が第79回毎日出版文化賞の特別賞を受賞し、12月15日、東京都文京区のホテル椿山荘で贈呈式が開かれました。
著者の押川典昭さん、株式会社「めこん」の桑原晨社長はじめ関係者のみなさんが出席しました。

押川さんは、「この受賞が、日本ではまだ知られていない東南アジアの文学作品が知られるきっかけになればうれしい。賞を励みとして、さらに東南アジアの文学の研究と紹介に力を尽くしたい」と語りました。
押川さんによる受賞のことばは、こちらの動画でご覧いただけます。
また以下にごあいさつ内容を記載します。動画と合わせてごらんください。
*毎日出版文化賞特別賞 受賞者あいさつ(押川典昭さん)
今回受賞した私の本は、インドネシアの、というよりアジアの20世紀後半を代表するといっていいと思いますが、プラムディヤ・アナンタ・トゥールという作家の評伝です。この評伝を書くにあたって、私は三つのことを考えました。
一つは、プラムディヤという私からみれば非常に偉大な作家の生涯を、できる限り細かく描くということ。まだインドネシア語でも本格的な評伝はないので、本当に細部にわたって描いていきたいということが第一にありました。
それから二つめは、私はこれを「作家と時代との相互交渉」と呼んでおりますが、彼が生きた81年の生涯を、その時代を考察しながら描いていきたいという思いがありました。
プラムディヤは1925年の生まれなので、インドネシアがまだオランダの植民地だった時代です。ジャワ島の小さな町に生まれました。太平洋戦争中には日本がそこを3年半ほど占領するのですが、彼はジャカルタに出て同盟通信社につとめて生活をしました。そのときに働きながら見聞きしたことをもとに、のちに、いわゆる従軍慰安婦の詳細なドキュメントを残すことになります。インドネシアはその後、独立戦争を経て独立を果たし、スカルノの時代、1965年にはインドネシアで大きな政変が起きて何十万人と言う人たちが殺害される。そんな時代に彼は81年の生涯を過ごしました。
プラムディヤはその間、三度、あわせて18年間ぐらい獄中、流刑という過酷な環境の中で過ごしました。その生涯を、時代とリンクさせながら描いていく。そのことによっておそらく、歴史学者とか政治学者とは違う現代史が描けるのではないかと思いました。
三つめは、この評伝をアカデミックな文章ではなく、自由に、あるいは生々しく、イキイキと描いてみたいという思いを持ちました。一種の伝記文学として描いてみたい。その意味で、選考委員のおひとりの沼野充義さんが「高度な学術書であると同時に感動的な伝記文学作品である」と評してくださったことは、私にとっては、大変ありがたく、感激をいたしました。
私は東南アジアの研究に取り組んで50年ほどになります。この間、日本と東南アジアとの関係は、太く、深くなっています。ただ、タイやフィリピンやインドネシアで人々が日々どういう生活を送り、どういうことに希望や将来を見出しているか、あるいはどういうことに彼らは怒り、絶望しているのかということは、なかなか伝わりにくい。
これは、日本での東南アジアに関する情報の伝わり方にも原因があるように思います。一週間前の12月8日は、メディアでは戦後80年ということもあって、日本軍の真珠湾攻撃があり戦争がはじまり、ということが伝えられていますが、実は東南アジアにはそれよりも前に、ベトナムに兵が送られ、真珠湾攻撃の2時間前にはマレー半島に上陸して、瞬く間に占領して過酷な占領統治をおこなった。そういうことがほとんど日本では伝えられていません。東南アジアの従軍慰安婦の問題についてもなかなか伝わらない。
今年は日本では戦後80年ですが、東南アジアについていえば、ベトナム戦争が終わって50年になります。ベトナム戦争についてはたくさん本が出ていて、それぞれ優れた本ですが、私が一冊あげるとしたら、バオ・ニンというベトナムの作家が書いた『戦争の悲しみ』という本を挙げます。この本は池澤夏樹さんが、世界文学の編集をされた世界文学全集の中に入っていますが、この『戦争の悲しみ』という本は、戦闘だけではなく、そこに参加した若い兵士たちがその後どのように生きたのかということをリアルに描いています。
ベトナム戦争は反米愛国、反米救国という戦争としてみれば、ベトナムの勝利でしたが、実際にそこに兵士として参加した人たちがどういう苦労や絶望や希望をもっていたか、そのことを描いているのがこの小説です。文学は、そういう人間の内面を描くツールだと思います。
私はこれまでインドネシアの小説を10冊ほど翻訳して「めこん」から出版しました。そのなかにはプラムディヤの作品もあります。ただ、日本ではまだ東南アジアの文学は、まだまだ知られていません。研究をしている私からみれば、残念でもったいないのです。こういう豊かな、古典でも平家物語に匹敵するような作品があります。今回の受賞が、そういう世界がもっともっと日本で知られるきっかけになればいいな、と思っています。私もこれから、この賞をいただいたことを励みとして、さらに東南アジアの文学の研究と紹介に力を尽くしたいと思います。本日はありがとうございました。(完)