タムノップ――タイ・カンボジアの消えつつある堰灌漑

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福井捷朗・星川圭介
定価3500円+税
A5判上製・190ページ・オールカラー
ISBN978-4-8396-0222-2

【関連書】現代タイ動向 変容する東南アジア社会 新版・入門東南アジア研究
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 バンコクの好奇心 タイの花鳥風月

タムノップとは、タイやカンボジアに古くから伝わる灌漑設備です。川を堰き止め、あふれた水を周囲の水田に導くという、自然条件を巧みに利用した興味深いシステムです。同様のものはアジア各地に存在しますが、これまで本格的な研究報告はありませんでした。著者たちは1997年以来、毎年、東北タイ、西北カンボジアでこのシステムを精力的に調査し、初めてその全容を明らかにしました。航空写真の利用、古い行政文書の解読、農学・灌漑工学の面からの詳細なデータ収集と、きわめて深みのある内容です。今後、タイ・カンボジア研究には必読の書となるでしょう。

【著者はこんな人】
福井捷朗 (ふくい はやお)
京都大学名誉教授
立命館アジア太平洋大学(APU)教授

主要著書
『ドンデーン村:東北タイの農業生態』 創文社.1988.
「モンスーンアジアにおける水田農業の環境学的諸問題」 安成哲三・米本昌平(編)。『地球環境とアジア』岩波書店. 1999. (91-118ページ).
「『火耕水耨』再考」 『史林』76(3):108-143. (河野泰之と共著). 1993.
“Climatic variability and agriculture in tropical moist regions” Proceedings of The World Climate Conference, Geneva, February 1979. Geneva. World Meteorological Organization. 1980. (WMO-No.537). pp. 223-257.


星川圭介(ほしかわ けいすけ)
京都大学地域研究統合情報センター 助教
農学博士
専門分野:農業土木(灌漑排水,水文)
代表的な出版物・論文:
「航空写真に見る東北タイ稲作変化」『アジア遊学』113.162-167
Keisuke Hoshikawa and Shintaro Kobayashi. 2009. Effects of topography On the construction and efficiency of earthen weirs for rice irrigation In Northeast Thailand. Paddy and Water Environment Keisuke Hoshikawa and Shintaro Kobayashi. 2003. Study on structure and function of an earthen bund irrigation system in Northeast Thailand.Paddy and Water Environment 1(4). 165-171

【目次】

第1章 タムノップの概要
 1.タムノップとは何か?
 2.百聞一見に如かず
 3.タムノップの規模
 4.呼称としての「タムノップ」
 5.石のない世界

第2章 タムノップ・システムの構造と機能
 1.河川流の堰上げ機能
 2.溢流水の拡散機能
 3.余剰水の還流機能
 4.土堤と樋管

第3章 タムノップの築造と維持・管理
 1.築造場所の選定
 2.木組み
 3.土盛り
 4.労働力
 5.土地
 6.維持と管理
 7.村落組織

第4章 東北タイにおけるタムノップの盛衰と天水田
 1.タムノップの起源
 2.地方行政の関与
 3.水田開拓と米収量
 4.天水田の拡大
 5.ZimmermanとPendleton
 6.CMHにみる天水田
 7.結論

第5章 タムノップのファーイ化
 1.板張りタムノップ
 2.余水吐タムノップ
 3.ファーイ化

第6章 タムノップの将来
 1.降雨と河川流量
 2.間欠的河川からの取水
 3.スペート灌漑
 4.タムノップの有効性
 5.タムノップの将来

附論 タムノップの時空間的広がり
 1.空間的広がり
 2.時間的広がり
 

参考文献

タイ国地方行政文書(チョットマイヘット、CMH)一覧

付録 収録した24タムノップの記載

索引


まえがきから
 1900年、バンコクと東北タイとは鉄道によって結ばれた。チュンポーン・ネーオチャンパ氏はこの鉄道の地域経済への影響を研究し、1996年に京都でのセミナーでその話をした [Chumphon 1999]。それによれば、鉄道開通によってコメの商品作物化が進み、急速な水田開発が進んだという。そして、水田開発のために「タムノップ」と呼ばれる灌漑施設がたくさん作られたことが当時の地方行政文書に見られるという。本書の著者の1人である福井捷朗は、このタムノップ灌漑に興味を持った。なぜなら今日の東北タイは無灌漑の天水田地域として有名であるからである。
福井とチュンポーンは、1997年以来ほとんど毎年のように現存するタムノップを求めて地域を旅行した。1999年には、カンボジア北西部にまで足を伸ばした。2002〜04年には、共著者である星川圭介が東北タイ南部、スリン県のタプタン川流域のタムノップを集中的に調査した。そして2006、2007年の両年度には日本学術振興会の科学研究費補助金を得て、東北タイと西北カンボジアに現存する代表的と思われるタイプのタムノップの記載を行なった。
本書の第1の目的は、このユニークであり、かつ、ほとんど知られていない灌漑方式を一般に紹介することである。第2には、消えつつあるこの伝統的灌漑に将来的な意味があるかどうかの検討である。そして将来的には、稲作発達史におけるタムノップ灌漑の意味を考えてみたいと考えている。
 タムノップのある村には、その専門家たちがいる。本書の成立に最も貢献したのは彼らである。ウボンラーチャターニーの視学官であり、郷土史家であるチュンポーン氏は関連する地方行政文書を収集し、福井のタムノップ探しに加わり、星川のフィールド調査の世話をし、凧による空中写真撮影に協力してくれた。星川の調査にはスリン在住の元中学校教師で郷土史家であるウィラート氏のお世話になった。現存タムノップの調査にはチュンポーン氏以外にも多くの方々にご同道を願った。立命館アジア太平洋大学(APU)のパイブーン・プラモージャニー教授と京都大学の小林慎太郎と河野泰之両教授は、それぞれ地形学、灌漑工学の立場から見解を述べてくれた。タイ芸術大学のシーサク・バリボトム教授、鹿児島大学の新田栄治教授の2人の考古学者には、東北タイの遺跡のうち水制御、貯留に関わるものをご案内願い、教えを請うた。アジア各地の灌漑の専門家の方々の手も煩わした。すなわちスリランカについては龍谷大学の中村尚司、ミャンマーについては愛知大学の伊東利勝教授らである。
地方行政文書の整理、分析には、立命館アジア太平洋大学(APU)の3人の学生 ―― ウイチャイ・パサポーンさん、高山甲太君、ペンシニー・リムタナンさん ―― が協力した。彼ら2人は、2006〜07年のフィールド調査にも参加した。このフィールド調査には、さらに多くの人の協力も得た。カセサート大学のテーカウット・ポタピロム教授とその学生スナイ・クルモーンさんはタムノップの工学的構造について調査し、学生アシスタントたちの測量を指導してくれた。APUの笹川秀夫講師にはクメール語通訳と文献解題でお世話になった。学生アシスタントしてはコーンケン大学からは、ルサミー・ナンサイオーさん、白井裕子さん、パタラポーン・クレークサクン君など、APUからは米川哲君、大谷祐樹君などである。
東北タイの地図、航空写真については大阪市立大学の永田好克助教授が主宰しているMAPNETなどのデータベースを活用させていただいた。GISによる地形解析のためにはAPUの磯田弦講師にお世話になった。これらの方々にこの場を借りて厚く御礼申し上げたい。




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