ベトナム戦争の最激戦地中部高原の友人たち


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  グエン・コック
  訳 鈴木勝比古
  解説 古田元夫
  装幀 水戸部功

  四六判・上製・290ページ
  定価2500円+税
  ISBN978-4-8396-0328-1 C3022 Y25000E 2021年10月発行

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 最も苛酷な戦場だったベトナムの「中部高原」とはどんなところなのか…。

 30年余の従軍体験の中でこの地の人と自然に魅せられたベトナム随一の作家が綴った回想記。ベトナムで最も権威ある文学賞「ハノイ作家協会賞」を受賞しています。

 「中部高原」については、フランスの人類学者による著名な研究記録がありますが、日本にはほとんど紹介されていません。また、ベトナム戦争の報道においても、この地の地政学的・歴史的分析はありませんでした。

 本書は、ベトナム現代史と文化人類学、さらには開発と自然保護問題の面で重要な意味を持つエッセイです。解説「タイグエン略史」はベトナム研究の第一人者古田元夫氏によるものです。



【中部高原とは】

 中部高原は、ベトナム中部のチュオンソン山脈から続く高原地帯で、北から南へ、コントゥム、ザライ、ダクラク、ダクノン、ラムドン各省で構成される。マラヤ・ポリネシア系、モン・クメール系などの少数民族の居住地域である。米国の介入で南部がサイゴン政権の施政下に置かれていた時期には「中部高原」と呼ばれたが、現在は「タイグエン(西原)」と呼ぶ。海から離れた内陸で、赤道にも近く、高温、乾燥地域であるが、雨期には豪雨に見舞われ、自然災害も多い。抗仏戦争ではベトミン軍とフランス軍、抗米戦争ではベトナム解放勢力と米・サイゴン軍が、中部高原の少数民族の支持を獲得するためにしのぎを削った。作家グエン・ゴックは抗仏、抗米戦争の両時期、解放後と長期にわたり、中部高原で活動してきた。(本書より)


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【著者はこんな人】

グエン・ゴック (Nguyên Ngọc)
ベトナムで最も著名な作家のひとり。ジャーナリスト、編集者、翻訳家として、長年にわたって幅広い活動を続け、政府・共産党に対しても批判を躊躇しない硬骨の士として重きを置かれている。1932年中部クアンナム省生まれ。1950年、専門中学校(現在の普通中学校)在学中にベトナム人民軍に入隊。残留日本兵士官が教官となったクアンガイ陸軍士官学校で学んだこともある。抗仏戦争(1945~54年)と抗米戦争(1960~75年)の両時期とも、激戦の地であったベトナム第5軍区(中部高原各省や中部南沿海各省)で『人民軍』紙の記者になり、戦闘にも数多く参加した。1954年7月のジュネーブ協定締結ののち、北部に集結。抗米戦争が始まると、1962年に南部に戻って、中・中部地域解放文芸協会の会長となり、第5軍区解放軍の『雑誌文芸』を担当した。ベトナム戦争終結後は、1976年から南北統一国会の代表(国会議員)をつとめるかたわら、ベトナム作家協会に所属するベトナム共産党員作家の責任者となった。抗仏・抗米戦争時の大半を過ごした中部高原の自然と少数民族の人たちをこよなく愛し、彼らを主人公とする小説・エッセイを多数発表。また、フランス人文化人類学者の中部高原を題材とした多くの研究書を翻訳している。ベトナム政府が中部高原の原生林の伐採やボーキサイトの発掘を認めた際には、政府の決定をきびしく批判した。文化・教育の分野では、ベトナムの民族文化の特質を保持しつつ教育を振興することにつとめ、2007年にベトナム初の私立大学ファン・チャウ・チン大学を故郷のホイアンに開設した。長年、ベトナム作家協会の副会長のかたわら、同協会の機関紙「文芸」の編集長をつとめ、「ドイモイ(刷新)」の時期には新聞の思想的な内容に関するいくつかの重要な刷新をおこない、多くの作家を育成したが、2015年ベトナム作家協会の人事を含む非民主的な運営に抗議して他の19人の作家・詩人とともに脱退を声明。2018年には知識人出版社の編集長がベトナム共産党の方針に反したとして譴責処分を受けたことに抗議して、ベトナム共産党からの離党を声明した。

【主要作品】
『祖国は立ち上がる』(邦題『不敗の村』(ベトナム作家協会賞、アジア・アフリカ作家協会賞)、『一片の高地』、『わが進む道』、『クアンの地』、『サヌーの森』(解放南部文芸協会賞)、『東海上に一つの踏み分け道があった(邦題『海のホーチミン・ルート』)、『焼ける砂』、『散漫な記憶と忘却』、『道のりで考える』、『生活に耳をすます』、『両の裸足で』、『高地にいる私の友人たち』(本書)(ハノイ作家協会賞受賞)など。

【翻訳作品】
『書き方の零度』(ロラン・バルト)、『文学とは何か?』(ジャン=ポール・サルトル)、『小説の芸術』(ミラン・クンデラ、『裏切られたいくつかの遺言』(ミラン・クンデラ)、『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ)など。


鈴木勝比古(すずき・かつひこ) 
1944年生まれ。大阪外国語大学ロシア語科卒業。
1969年11月~1973年7月ハノイ総合大学ベトナム語科留学・卒業。
1973年12月~2007年6月日本共産党機関紙「しんぶん赤旗」編集局勤務。その間、1975~2007年、5期にわたりベトナム・ハノイ特派員。1991~1995年ルーマニア・ブカレスト特派員。
訳書『海のホーチミン・ルート』(グエン・コック著、光陽出版社)


【訳者あとがき】

 ベトナムの文学界を代表する作家グエン・ゴックの本書『ベトナム戦争の最激戦地中部高原の友人たち』(原題『高地の友人たち』)は二〇一三年のハノイ作家協会賞(散文部門)の受賞作品です。

 この作品は、二〇歳前後の青年期から壮年期にかけて中部高原の戦場で抗仏戦争、抗米戦争を闘い抜いたグエン・ゴックの回想記です。中部高原はマラヤ・ポリネシア系やモン・クメール系の少数民族の主要な居住地で、先住民族であるこれらの少数民族の歴史と文化の宝庫であり、彼らの共同体の社会と暮らしを育んできた高原と南チュオンソン山系とラオスのメコン水系につながる大自然が存在します。

 ベトナムの多数派民族キン族の青年グエン・ゴックは中部海岸地帯のクアンナム省の出身で、はるか遠くに望むチュオンソン山脈に人間が住んでいることさえ知りませんでした。その青年が二度にわたって抵抗戦争に参加した中部高原には、これらの少数民族の人々が生活していました。最初に覚えた少数民族の言葉は「お腹が空いた」と「この道を行っても安全か?」の二つだったと言います。

 二次にわたるインドシナ戦争では、フランス、アメリカと、抵抗したベトナムの解放勢力が中部高原を舞台に激戦を繰りひろげました。この戦争は同時に地元の少数民族をどちらの側が獲得するかの抗争でもありました。グエン・ゴックらベトナムの解放勢力は現地の少数民族の社会に溶け込み、彼らを助け、鼓舞しつつ、同時に彼らからの協力を得て、この解放戦争を闘いました。もちろん米=サイゴン政権側も戦略的要衝である中部高原を重視していたので、少数民族の支持獲得をふくむこの地の戦闘や抗争は熾烈でした。

 ベトナム戦争の帰趨を決したのは一九七五年三月の中部高原での戦闘でした。北部から進攻するベトナム人民軍の大部隊の通過を少数民族の人々は「見守るだけでサイゴン政権に通報しなかった」と解放軍に同行したグエン・ゴックは語ります。中部高原の要衝バンメトートは一九七五年三月一一日に陥落しました。この戦闘で「少数民族が解放勢力を支持した」と報じたAFPのポール・レアンドリ記者は、サイゴン警察本部で射殺されました。サイゴン政権の極度の動揺を示した事件でした。

 グエン・ゴックが「高地の友人」と呼ぶ少数民族の人々はもちろん一枚岩ではありません。アメリカは、フランスと同様に各地の少数民族の獲得に動きました。こうして米側に就いた少数民族の少なからぬ人々が戦争終結後、米国への亡命を余儀なくされました。

 故郷の中部高原にとどまった少数民族の人々も、解放後の政権指導部による中部高原の原始林破壊、村落共同体破壊の犠牲者です。トンキン・デルタのキン族の中部高原への大量移住、森林伐採によるコーヒー園やゴム園の造成やアルミニウムの原料ボーキサイト乱掘による自然破壊で、自分たちの居住地を次々に奪われていきました。グエン・ゴックはこうした現政権による少数民族の居住地や村落共同体破壊にも警鐘を鳴らしています。

 グエン・ゴックは中部高原の少数民族の共同体、焼畑耕作や、墓捨ての儀式などの冠婚葬祭、中部高原を遊び歩く気ままな男性たち、その男性たちを尻目に家族と共同体を守る女性たちを偏見のない目で見つめ、彼らの生活や共同体を深く分析し、そこに大自然と人間との関係、永遠の自然と人間・文化との「引っ張り合い」の関係を描きつつ、さらに思索を深めて彼らの生活と規範の中に、現代社会に生きる私たちが学ぶべき貴重な歴史遺産があることを見出しました。世界がコロナ禍から新たな生活と社会のありかたを模索する中で、本書は私たちにポスト・コロナを生きる貴重な糧となる「一つの生き方、考え方」を提供しています。

 グエン・ゴックは中部海岸の交易都市として栄えたホイアンの近くで生まれ育ち、チュオンソン山脈の山に分け入り、抗仏戦争の初めのころは、この大平原を「気ままな戦場特派員」としてさまよい歩き、抗米戦争のもっとも熾烈だった時期には、故郷のクアンナム省の激戦地で一部隊を率いて米軍部隊と直接対峙して戦闘を指揮したこともあります。戦争終結後も今日まで、中部高原の変転にかかわり続け、見届けてきたグエン・コックが世に問うたすぐれた文学作品である本書を翻訳し、出版できたことは私にとって大きな喜びです。

【目次】

第1章 永遠の時空に身を置く人々  
第2章 古木の森の木彫り 
第3章 森の賢明さ 
第4章 地下水、緑の森と生命 
第5章 共同の家、部落の魂 
第6章 高原のわが友人たち 
第7章 ヌップ、全中部高原の部落の長老 
第8章 ニンノン月 
第9章 ステン人の六つの魂 
第10章 ムオンホンのアーボック 
第11章 森の中の旅芸人 
第12章 クニアの木を生んだ無名の芸術家 
第13章 コンクロに帰った人 
第14章 銅鑼に声を教える 
第15章 アカーン、春 
第16章 コンブライユーのごった煮野菜スープ 
第17章 雷鳴と稲妻、男性と女性、ザライの不思議 
第18章 耳吹きの儀式と甕酒、散漫な記憶と忘却 

解説――タイグエン略史         古田元夫 
訳者あとがき