写真家・長洋弘さんが土門拳文化賞 インドネシアの元日本兵を取材
- 8月11日
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インドネシアに残る元日本兵とその家族を40年以上にわたり取材してきた写真家の長洋弘さんが、第32回酒田市土門拳文化賞を受賞しました。
土門拳文化賞は、酒田市出身の土門拳が生涯にわたり追求したリアリズムやドキュメンタリー性を継承する写真作品を新たに見つけ出し評価するために設けられました。受賞作品は、「命をつなぐ (インドネシア残留日本兵と子孫の記録)」。応募した103人104テーマの中から最高賞に選ばれました。授賞式は9月に酒田市で行われます。
また、長さんの『帰らなかった日本兵』は、ジャカルタの新聞社コンパスからインドネシア語版で出版されました。コンパス社は、以下のように出版の意義を伝えています。
「本書は、滅多に語られることのない重要な歴史の一端、すなわち第二次世界大戦終結後、インドネシアに定住し、インドネシア国民と共に独立を守るために戦うこと> を選んだ元日本兵たちの物語を浮き彫りにしています。これらの物語は単なる歴史的事実ではなく、国境を越えた普遍的な人間的価値観を反映しています」
長さん、ほんとうにおめでとうございます。
以下、同賞ホームページの総評から引用します。
土門拳文化賞受賞作品について (選考委員で写真家の萩原義弘氏による)
「命をつなぐ (インドネシア残留日本兵と子孫の記録)」 長 洋弘氏作品
アジア・太平洋戦争後も日本に帰らずにインドネシアに留まり、同国の独立運動に加わって独立戦争を戦い、独立後も現地で生活し活躍した元日本兵がいました。
1984 年、長氏が初めて元日本兵に会った時、「我々は逃亡兵ではない。このままでは死ねない。生きた証が欲しい」と言われました。戦後生まれの長氏は、この言葉に大きな衝撃を受け、それ以来40 年にわたる取材・撮影が続いています。インドネシアに残る元日本兵を探すことはたいへんな苦労と時間がかかったことだと思います。探しあてた元日本兵の素朴なポートレイト、そして元日本兵の亡き後も親族と交流し撮り続けることは、元日本兵の「生きた証」を写真で記録・表現することに他なりません。多くの人々の心に残る素晴らしい作品です。まさしく土門拳の精神に通じる後世に残すべき戦争の記録です。
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長洋弘(ちょう・ようひろ) 1947年埼玉県に生まれる。美術大学、写真専門学校などに学ぶ。
1984年 インドネシア残留日本兵(以下元日本兵)と出会い取材を開始する。
1990年 元日本兵二世15人を日本に招待。(父の祖国を見せる目的で)
1994年 『帰らなかった日本兵』(朝日新聞社)刊行
元日本兵二世三世を対象にした日本語学校設立。現地校教育支援、
奨学金給付を開始。日本語学校後援会発足。
1995年『帰らなかった日本兵』写真展を周南市美術博物館、東京コンタックスサロン、
ジャカルタで開催。日本国大使が元日本兵に対し感謝状贈呈(逃亡兵の汚名払拭)
1996年 文部省筑波研修センター、東松山ギャラリーなどで元日本兵写真展
横浜ボートシアターが東京国際フォーラム、大阪の劇団ドラマチック
メッセンジャーが宮の森プラネットで劇化。
1997年 横浜有隣堂、兵庫県猪名川町などで写真展
『戦争とインドネシア残留日本兵』刊行
1999年 『ミエさんの戦争』刊行
2002年『写真集 遥かなるイン ドネシア』刊行
『PERJUANGAN IB MIE OGURA』(ミエさんの戦争インドネシア語版)刊行
2005年『二つの祖国に生きる』刊行
2007年『インドネシア残留元日本兵を尋ねて』刊行
2008年 日本インドネシア国交樹立50周年。世界文化遺産などを撮影。
東京ビッグサイト、翌年アセアンセンターなどで写真展「インドネシア賛歌」
(元日本兵含む)。
2011年『バパ・バリ三浦襄』刊行
2015年『バリに死す』写真集「インドネシア残留日本兵」(なぜ異国で生涯を終えたか)
刊行
写真集と同名の写真展を銀座ニコンサロンで開催
2019年『ふるさとを遠く離れて』電子書籍刊行
2021年 『帰らなかった日本兵』増補改訂版刊行
2023年 ジャカルタに「残留元日本兵ギャラリー」設立
2025年 『インドネシア残留元日本兵と子孫の記録』刊行
2026年 『PRAJURIT JAPAN YUAN TIDAK KEMBALI』(帰らなかった日本兵インドネシア語版)刊行 8月ジャカルタで出版記念会並び講演会
現YWP(インドネシア残留日本兵の会)名誉顧問
その他
作品をアサヒカメラ、フォトコン、歴史街道誌などで発表。 『帰らなかった日本兵』はテレビ朝日、日本テレビ系列で映像化。NHKラジオ深夜便、TBSラジオ、 テレビ埼玉などで放送される。 林忠彦賞、社会貢献者賞、国際児童年大賞などを受賞