イラクで私は泣いて笑う――NGOとして、ひとりの人間として

JVCブックレット001

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酒井啓子編著
定価920円+税
四六判変型・並製・176ページ
ISBN978-4-8396-0224-6 C0330

【関連書】NGOの選択 NGOの時代 NGOの挑戦(上)  難民キャンプのパントマイム
ネグロス・マイラブ 母なるメコン  イサーンの百姓たち すべてのいのちの輝きのために
学生のためのフィールドワーク入門

 
イラクで支援活動に従事してきたNGO職員およびビデオ・ジャーナリストと酒井啓子さんの対談を軸に、イラク問題の現状と見通しについて、わかりやすく解説します。でも、読みどころは、この人たちがなぜこれほどまでにイラクにかかわろうとするのか、彼らとイラクの人たちとの間に何があったのか、というところでしょう。人と人がつながることは可能なのだという思いがきっと湧いてきます。 

【JVCブックレットとは】

JVC=(日本国際ボランティアセンター)と連携して作りはじめた新しいブックレットのシリーズです。
ジャンル=国際関係、紛争、市民運動、NGO活動など。
内容と書き手=マスメディアでは伝わってこない「現場の声」の声が基本です。書き手は現場で活動あるいは取材してきた人たちと研究者。
体裁と価格=四六判変型(縦長)・並製・100〜150ページ。定価800円〜900円台。
装丁=売り出し中の若手デザイナー水戸部功によるすっきりと読みやすいレイアウト。

【編著者と対談相手はこんな人たちです】

酒井 啓子(さかい けいこ)
東京外国語大学大学院教授。
1959年神奈川県生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業後、アジア経済研究所に勤務。この間、英国ダーラム大学にて修士号を取得。1986 年〜1989 年まで在イラク日本大使館にて専門調査員として勤務。2001 年よりアジア経済研究所にてイラクを中心とした研究を進める。2005 年より現職。主な著書に『イラクとアメリカ』(岩波書店 アジア・太平洋賞大賞受賞)、『イラクはどこへ行くのか』(岩波書店)。

佐藤 真紀(さとう まき)
日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)事務局長。
1961年奈良県生まれ。メーカー研究所勤務、青年海外協力隊参加を経て、日本国際ボランティアセンターにてパレスチナやイラクで活動。JIM-NETの設立に携わり、事務局長を担う。著書に『ヒバクシャになったイラク帰還兵―劣化ウラン弾の被害を告発する』(大月書店)他。

原 文次郎(はら ぶんじろう)
日本国際ボランティアセンター(JVC)イラク支援ヨルダン駐在員。
1963年静岡県生まれ。電機メーカー営業時代に発生した「9・11」事件を機にアフガニスタンに関心を持ち、アフガニスタン難民支援に携わる。退職後JVCに参加し、イラク、ヨルダンで活動。国際協力銀行(JBIC)にのべ約1年間外部専門家として関わる。

玉本 英子(たまもと えいこ)
ビデオジャーナリスト(アジアプレス所属)。
1966年東京都生まれ。デザイン事務所を退職後、1994年からアフガニスタン、コソボ、レバノンなど紛争地域を中心に取材。2001年以来、イラク取材は9回を数える。共著に『アジアのビデオジャーナリストたち』(はる書房)。

【目次】

本書をまとめるにあたって

第1章 戦争が残した爪あと
      戦争がもたらしたもの
      白血病の子供たちと生きる――佐藤真紀さんに聞く

第2章 戦争を起こしたものと立て直すもの
      イラクは復興しているのか
      国の支援、民の支援――原 文次郎さんに聞く

第3章 対立の記憶を超えて
      宗派・民族は対立しているのか
      生身でイラクと日本をつなげていく――玉本英子さんに聞く

対談を終えて



   【まえがきより】   本書をまとめるにあたって

 中東は、遠い。
 特にイラクやパレスチナのように、日々、戦争やテロの報道ばかりが溢れる国に対して、日本に住む我々は、つい「人間の住めるようなところではない」という印象を持ってしまうのではないだろうか。
 だが、そこにも人間の生活がある。かつては日本以上に安全で、経済的にも豊かな生活を享受してきた人々が住む。戦火と混乱に不安を抱え、心を痛めながらも、たくましく生活している人々がいる。
 かつて筆者がイラクで暮らしていた時、八〇年代後半のバグダードはイラン・イラク戦争の最中だったが、さほど戦争を意識せずに暮らしていることができた。たまに戦闘が激しくなった時、日本のメディアで戦争報道が溢れたのだろう、日本の家族から「大丈夫なの?」と心配する電話を受けて、ああ今は戦闘が激しくなっているのだな、と知ることすらあった。逆に、イラクにいて「日本で地震」といった報道が大きく取り上げられた時、心配して実家に電話すると、「何をいったい心配しているの」とあきれられたこともある。
 戦時下の人々の毎日が、戦争の話題ばかりだろうと思っていると、実はそうでもなくて、息子の受験や父親の給料が少ないこと、昇進競争で同僚に負けたことや娘の嫁姑のいさかいなど、当たり前の日々の悩みはつきない。湾岸戦争の時、ちょうど学校の期末試験の時期だったが、空爆がうるさくて勉強ができない、といったジョークのような文句が聞かれた。
 戦争をしていてもテロに脅かされても、人は普通の生活をしたいのである。家庭や友人を思い、故郷の見慣れた光景を変えたくないと思い、祝日にはちょっとした贅沢をしたいと思う。戦争やテロにまみれている人々は日本では耐えられないような非人間的な生活にも慣れているに違いない、と、外から見ている人々は思うかもしれないが、そうではないのである。戦争の不幸は、その物理的な破壊力だけではなく、われわれと同じレベルの生活を送る権利を持つはずの人々を、生存に必要な最低限の条件だけ確保してあげればいいだろうというレベルの人間に貶めて見てしまう風潮を作り上げてしまうことだ。水と最低限の栄養と毛布を送っておけば喜ばれるに違いない、というような、「施し」の対象に、相手を貶めてしまうことだ。
 本書でインタビューした人々は、NGOや市民としての支援活動を通じて、イラク社会に密接に関わってきた人々である。そこには、「施し」ではない、人と人の気持ちの対等な交感が前提に存在している。いや、むしろ日本社会が失いつつある、人に対する鋭敏な感性をイラク社会に見出して、イラク援助を通じて幸せな気持ちにしてもらったのは、援助の対象になったイラク人ではなく、援助に携わった日本人のほうだったのではないか、という気がしてくる。
 本書は、NGOの人々の活動を通じて、イラク戦争後のイラク人社会の現実を映し出すために編まれた本だが、同時に、援助するということはどういうことか、それを通じて我々日本人が何を得るのかを、それぞれの活動の中に見るための本である。国家の外交政策、対外戦略の道具として使われがちな国際協力活動だが、そうした天下国家の発想から離れて、ひとりひとりの活動の現場で築き上げられた豊かな人間関係こそが、援助の最大の成果だということを、再確認する本である。

酒井啓子

【読みどころ】
イラクの子どもたちにとっては、日本の家の様子がおもしろかったようです。イラクの家はとても大きいのですが、大きなテレビはありません。小さな部屋に大きなテレビがある日本の家を「ありえない!」と。そして、お好み焼きを食べる時にお父さんとお母さんがジョッキになみなみとビールを注いでカンパーイ!とした後、お母さんがグビグビ〜っと飲んだんです。イラクではこんな光景はありません。お母さんのジョッキの飲みっぷりがかっこよく、子どもたちが立ち上がって、手を叩いて泣いて笑ったんです。ここまでウケるとは思いませんでした。イラクでは悲しくて泣く人たちを毎日のように見るのですが、笑って泣くというのは、この子どもたちが初めてでした。それを見て私も逆に泣いてしまいました。

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