インドネシア
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ワヤンを楽しむ 松本 亮著 - ジャワ影絵芝居の魅力- ▼評者・船津 和幸(信州大学助教授)信濃毎日新聞1995年4月9日掲載
なんともしゃれた美しい本である。まず装丁の演出が心憎い。ワヤンとはジャワの影絵芝居のことである。用いられるワヤン人形は水牛の皮に繊細な透かし彫りを施した極彩色の一級の工芸品であるが、本書を包むカバーにはワヤン世界をつかさどる宇宙支配神ブトロ・グルのワヤン人形が象徴的に配されている。更紗やバティック文様に縁取られたページはジャワ特有の豪しゃなムードを醸し出し、迫力のカラーフォト二百余点はワヤン世界にいやおうなく誘う。そしてふと外れた宇宙支配神のカバーの下に華麗なワヤン人形の細密画が現れる劇的趣向。ジャワの世界観のライトモチーフの見事な装丁化である。 |
ハッタ回想録 モハマッド・ハッタ著・大谷 正彦訳 ▼GAIKO FORUM「書評フォーラム」欄1994年1号掲載
本書は、スカルノと共に「インドネシア独立の父」とされるハジ・モハマッド・ハッタの回想録である。一九〇二年スマトラに生まれたハッタは、四五年インドネシア独立と同時にスカルノの下で副大統領に就任、その後、首相、外相も兼任し、文字通りインドネシア独立の揺籃期にその国家指導に奔走した人物である。 |
おいしいBALI 増田 妙著 ▼京都新聞1995年3月20日掲載
インドネシアのバリ島は、日本人も多く訪れる観光の島。きれいなビーチや古典舞踊、ガムラン音楽がセールスポイントだが、二十代の女性である著者は、それらに全く関心がない。著者を引き付けるのは、菓子を中心とするバリの日常の食べ物だ。 |
インドネシア全二十七州の旅 小松 邦康著 ▼読売新聞「読書・新刊EXPRESS」欄1995年3月20日掲載
1万3000以上の島があるインドネシア。東西の距離は5000`もあり、アメリカ大陸より長い。根っからの旅人である著者が、6年間をかけてインドネシアの27州を制覇、旅の途上で出会った人々と自然をスケッチした。バルセロナ五輪で東南アジア初の「金メダルカップル」となった恋人同士のバドミントン選手。「おしん」にあこがれて芸能界に入り、トップアイドルとなった少女。日本の政府開発援助(ODA)で建設されるダムに、複雑な表情を見せる大学教授。「幸運のイルカ」を海に探す女子高生。花の島・フローレスを襲った大地震と津波。そして、独立へ苦闘する東ティモール・・…。肩が凝らず読めるが「日本は本当にアジアを知りつくしているのだろうか。・・…(アジアと先進国との)『架け橋』になれるだろうか?」という最後の問いかけは重い。 |
インドネシアのポピュラー・カルチャー 松野 明久編 ▼篠崎 弘・Music Magazine「ブック」欄1996年4月号掲載
音楽、映画、演劇、テレビ、文学の各ジャンルについて、若手研究者を中心とした8人の計14論文を収録。巻末には索引もついている。 |
日本占領下・インドネシア/旅芸人の記録 猪俣 良樹著 - 軍直営"ドタバタ劇団"の興亡-
一九四二年三月。日本軍がジャワ島に上陸し、八日間でオランダ軍は全面降伏。三百年も続いてきたオランダのインドネシア支配があっさりとひっくり返ってしまったものだから、さあ大変。オランダ語は全面禁止。欧米文化も否定せよ、というわけで大衆娯楽のトップバッターだったアメリカ映画も上映禁止。代わりに日本映画を大量に送り込んでみたのだけれど「暗い」「つまらない」。映画館はガラガラ。日本精神なるものをインドネシアの「文化水準の低い土人」の人々に伝えるはずが、画面に映し出された日本の民衆の暮らしぶりを観て「なんだ、我々と同じくらいビンボーじゃないの」とバレてしまう。 |
人間の大地(上・下) - 植民地支配下の目覚め-
相次ぐ事件の連続は、善玉悪玉のいり乱れるジャワの影絵劇ワヤンにも似て、読者はこの小説に引き込まれるに違いない。と同時に、植民地支配下の民族の目覚めがどんな形ではじまったかも知るだろう。そんな迫力とスケールの大きさを感じさせる小説である。 -民族主義の「旅」語る-
本書は四部から成るプラムディアの大長編小説の第一部である。プラムディアはインドネシアの四五年世代を代表する作家である。四五年世代とは一九四五年から四九年の民族独立革命を戦った世代を言う。現在のスハルト「新秩序」体制が「革命の功労者」としてその体制を正統化するように、四五年世代にとってナショナリズムとは、インドネシア国民の夢と理想を実現する「事業」であった。プラムディアはそうした四五年世代の一人として、事業としてのナショナリズムをめぐる物語をつむいできた。 - 不可思議な迫真力が-
私・ミンケは、一九世紀末、オランダ統治下東ジャワに住む青年。プリブミと呼ばれる現地民としては上層に属するが、植民地支配にたいする懐疑の感情と思考をはぐくんでいる。高等学校で卓抜の学力をみせながらも、白人や混血者から侮蔑をうけている。このミンケが、若くして筆をとり、美しい混血女性を妻とし、プリブミの社会的主張をつらぬく。しかし、妻と財産とをオランダ人の理不尽によって奪われる…抵抗と挫折の記録。 |
すべての民族の子(上・下) - 大河のような現代史-
本書はインドネシアを代表するプラムディアの大河小説全四部のうち、第一作『人間の大地』に続いて翻訳刊行された第二部にあたる。物語は、オランダ支配下のインドネシアを舞台に、新しい民族意識がめざめ民族運動が生まれてくる過程を、主人公ミンケの成長と重ねあわせて、滔滔と流れる大河のように展開していく。まことに壮大な史劇である、といえよう。 |
足跡 プラムディヤ・アナンタ・トゥール著・押川 典昭訳 - 被植民者の苦悩描く-
『人間の大地』『すべての民族の子』という既刊の第一部、第二部に続いて邦訳が刊行された現代インドネシア文学を代表する大長編小説の第三部である。「プリブミ」すなわちオランダ領東インドの現地民であるミンケを主人公としたこの作品は、次の第四部『ガラスの家』で完結する。 - オランダ統治下のインドネシア 小説に託す民族的自覚の創造- 最近の新聞報道によれば、インドネシアのアチェ特別区の独立運動組織は武装闘争を停止して、国家による人権侵害を国際社会に訴える方針に切り替えたという。インドネシアの華人社会に対して、政府は中国語禁止政策を三〇年ぶりに解禁したという記事も見られる。ここでいうアチェとはなにものか、インドネシアの中国人とはどういう生活をしてきたのか。こういうことを、われわれはほとんど知らない。 アチェ人はオランダ植民地体制の下で何度も独立戦争を試みて、オランダ軍から過酷な弾圧をこうむってきたし、戦後ままた、独立の意思を棄てていない。また、中国人は前世紀からインドネシアに到来し、着々と生活基盤を固めてきたが、オランダ植民地体制下では、中国人とインドネシアの人々はなかよく共存してきた。 アチェ人をはじめインドネシアには多くの民族があり、各民族はそれぞれに独自の対オランダ独立戦争を遂行してきた。その歴史なしには、現在の歴史を理解することはできない。歴史学的書物は客観的事実を教えるが、民衆が過酷な人生を生きる時に、何を感じ、何を考えたかは歴史書では知ることができない。それは本書のような大河小説で学ぶほかはない。 アチェ人の執拗な独立要求はオランダ支配の時から持続してきたこと、また中国移民とインドネシアの諸島の民衆は、オランダ支配下では互いに刺激しあい、友好的であったことを、この小説は実に感動的に描いている。専門家には自明のことだろうが、門外漢はこの小説で初めて新しい事実を学ぶことができる。インドネシア人としての自覚がまだなかった時代に、その民族的自覚をいわば創造し、部族意識を解消しながら無数の部族を一個の国民のなかに溶け込ますには、長い努力の歴史があった。本書では、それは現地人が全国新聞を作る運動として描かれる。 本書は『ゲリラの家族』『人間の大地』『すべての民族の子』の続編である。本書『足跡』は、オランダ統治下のインドネシアの、二〇世紀前半、つまり独立以前のインドネシアにおける民族の自覚の形成過程を描いている。主人公ミンケは、いまや全国新聞を発行するジャーナリストへと成長し、新聞を利用して、隷属に慣れた民衆を自立した一個の人格へと覚醒させる困難な闘争を開始する。 オランダの弾圧は厳しく、民衆をあくまで無能で無知の二級市民として扱う。隷属からの脱出が精神的にいかに困難であるかを、プラムディヤは如実に描く。支配者のオランダ人、混血の人々、ネイティブの上層階級と下層階級、これらの階級的身分的差別はどのようであったかが、本書で初めて教えられる。 最後の部分は感動的である。ネイティブのなかでもっとも下層の虐げられた女性が、一個の自立した人格として立ち上がる。暗闇はなお続くが、既にそこに未来のインドネシアが女性の姿をとって立ち上がる。インドネシアを理解する最良の書。 ▲今村 仁司(東京経済大学教授)・「エコノミスト」1999年7月20日号掲載 |
香料諸島綺談 Y・B・マングンウィジャヤ著・舟知 恵訳 - 官能的島民 目くるめく絵巻-
インドネシアのマルク(モルッカ)諸島は、良質の香料を産するゆえに、十六世紀以来ヨーロッパ各国の進出闘争の舞台となった。ポルトガル、スペインに続き、十七世紀の初頭設立されたオランダ東インド会社(本書ではVOCと記されている)によって、オランダの直接支配下に入る。昔、高校世界史の授業でこんなふうな筋書きを習ったものだ。 |
ナガ族の闘いの物語 レンドラ著・村井 吉敬、三宅 良美訳 - 開発と腐敗の体制/弾圧下で鋭く風刺-
昨今のインドネシアの通貨・経済危機は、燻り続けてきたスハルト政権に対する民衆の不満を、さらに増幅させそうだ。 |
電報 プトゥ・ウィジャヤ著・森山 幹弘訳 - インドネシアの暮らしと心描く-
報道の規制が厳しかったこともあって、インドネシアについて私たちはさしたる知識を持ち得てこなかった。スハルト政権の崩壊に至るまでの惨劇によって、にわかに彼の国が近くなったような気がする。 |
渇き イワン・シマトゥパン著・柏村 彰夫訳
著者であるイワン・シマトゥパンは1928年スマトラ島の港町シボルガ生まれのバタック人である。彼は東ジャワのスラバヤ医学学校に入学するが、実習の際に失神し、血を見るのに耐えられなくなり中退。その後オランダ、フランスに留学し、人類学、演劇、哲学を学ぶ。その間オランダ人女性と結婚し二男をもうけるが、妻は病死。インドネシア帰国後再婚するも離婚。その後、ホテル住まいをしていたが経済的理由により断念。最後は薬代にも事欠くほどの困窮状態に陥り1970年に42歳の若さで生涯を終えている。 |
カルティニの風景 土屋 健治著 - 新しいインドネシア論-
四月二十一日はインドネシアの民族英雄でもあり、インドネシア女性解放運動の先駆者ともいわれるカルティニの生誕を記念する日である。カルティニが生まれてから九十六年目(亡くなったのは一九〇四年、二十五歳)の一九七五年のその日、私はこの本の著者土屋健治さんに西ジャワのバンドン市で会い、先学の話に耳を傾けていた思い出がある。 |
ジャワの音風景 風間 純子著
ジャワ島で最も人気の高い大衆演劇クトプラ。その劇団と生活をともにした見聞録。クトプラを中心にしてくりひろげられるジャワの音風景が、著者のしなやかな感性と溶け合って、さわやかな感動をもたらす。西洋音楽を専攻していた著者が、どのようにしてアジアの音の世界と出合ったのか。現代のアジアの心を見事に伝える作品。 |
アルジュナ、ドロップアウト Y・ANM・マサルディ著・押川典昭訳
思うがまま無軌道に生きる中流家庭の青年をユーモラスに描き、インドネシアで話題を呼んだ三部作の二作目。作中人物の名は影絵劇ワヤンに登場する神々のもので、伝統劇のパロディーともなっている。父親に恋人をとられ家出した主人公アルジュナが、祖母の住む古都ジョクジャカルタで、恋愛騒動や大学進学をめぐるいざこざを起こす。 |