多言語社会インドネシア――変わりゆく国語、地方語、外国語の諸相

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森山幹弘・塩原朝子編著
定価3500円+税
A5判上製・326ページ
ISBN978-4-8396-0223-9 C3087

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政治・経済・社会の変化は言語のありかたにどのような影響を及ぼすのでしょうか……。長年強固な軍事独裁体制を誇ったスハルト政権が崩壊した後、インドネシアは政治的にも社会的にも大きな変化に直面し、さらに経済や情報・通信の面ではグローバリゼーションの荒波に巻き込まれます。激動の中で、インドネシアの諸言語――特に、国語として国家統合に重要な役割を果たしたインドネシア語の陰で肩身の狭い思いをしてきた地方語や中国語はどのような変容を遂げたのでしょうか。社会言語学や文化人類学の俊英たちがこの興味深いテーマに挑みました。

【編者】
森山幹弘・塩原朝子編著


【著者はこんな人たち】

森山幹弘(もりやま みきひろ)南山大学外国語学部教授。インドネシアおよびスンダの文化史、インドネシア現代文学。
塩原朝子(しおはら あさこ)東京外国語大学・アジア・アフリカ言語文化研究所准教授。記述言語学、バリ語、スンバワ語。
柏村彰夫(かしむら あきお)京都外国語専門学校インドネシア語学科講師。インドネシア語学、インドネシア現代文学。
舟田京子(ふなだ きょうこ)神田外語大学国際言語文化学科准教授。インドネシアの言語政策とその歴史。インドネシア語学。
鏡味治也(かがみ はるや)金沢大学人間科学系教授。文化人類学、バリの政策文化。
原真由子(はら まゆこ)大阪大学世界言語研究センター講師。社会言語学、インドネシア語およびバリ語。
長津一史(ながつ かずふみ)東洋大学社会学部准教授。文化人類学、東南アジア島嶼部の社会史。
津田浩司(つだ こうじ)日本学術振興会特別研究員PD。文化人類学、インドネシアの華人の社会史。
北村由美(きたむら ゆみ)京都大学東南アジア研究所助教。社会学、図書館情報学、インドネシアの華人。
ウガ・プルチェカ 京都外国語専門学校インドネシア語学科講師。社会学、インドネシアの社会研究。

【目次】

はじめに 森山幹弘・塩原朝子

序章 国語政策における地方語の位相 森山幹弘
国語としてのインドネシア語
「地方語」の定義
地方語の役割
外来語の隆盛

コラム1 インドネシア語は憲法でどのように規定されたか 柏村彰夫
第1章 国立言語センターと言語政策 舟田京子
はじめに
1. 国立言語センター成立の略史
2.「言語教育開発研究所」の組織と役割
3.「言語教育開発研究所」から「国立言語センター」へ
4. 言語政策の提言と言語政策セミナー
5. 言語法と国立言語センターの位置づけ
おわりに

コラム2 国民教育省  柏村彰夫

第2章 スンダ語の尊重と育成――言語政策における地方語の位相 森山幹弘
はじめに
1. インドネシア語と地方語の関係――蘭領東インド時代からスハルト政権終焉まで
2. スンダ語をめぐる状況の変化――ポスト・スハルト期
3. スンダ語リバイバルの萌芽
むすび

コラム3 地方自治 柏村彰夫

第3章 インドネシアの学校教育に見る国語と地方語 鏡味治也
はじめに
1. 国民教育法における国語・地方語の位置づけ
2. 「地方独自内容」設置の経緯とその内容
3. バリ州における小中学校生徒の言語使用状況
4. 国語と生活言語

コラム4 法令 柏村彰夫

第4章 バリ語−インドネシア語コード混在と敬語使用の相互作用 原真由子
はじめに
1. バリ語の語彙構造と敬語法
2. バリ語の敬語使用の変化
3. バリ語敬語使用とBI コード混在
おわりに

第5章 インドネシア東部の少数言語コミュニティ――「多言語主義」は普遍的価値を持つか 塩原朝子
はじめに
1. 「多言語主義」をめぐる2つのムーブメント――言語権尊重と危機言語復興
2. クイ語、スンバワ語の状況
3. スンバワ、アロール地域における地方語振興の様相
4. 地方語振興「先進地域」との比較
おわりに

第6章 境域の言語空間――マレーシアとインドネシアにおけるサマ人の言語使用のダイナミクス 長津一史
はじめに
1. サマ人とサマ語の類型
2. サバ州・センポルナにおけるサマ人の言語使用
3. 東インドネシアにおけるサマ人の言語使用
4. サマ人の言語使用に関する国家間での異同――むすびにかえて

コラム5 憲法改正 柏村彰夫

第7章 中国語教室に通う華人――ポスト・スハルト期インドネシア華人にとっての「アスリ」なもの 津田浩司
1. 「アスリ」な言語
2. 近現代のインドネシア華人の言語を取り巻く状況
3. あるジャワ地方小都市における中国語学習ブームの現状
4. 「アスリ」なるものとの隔たり
第8章 ジャカルタ言語景観における中国語使用と変化のきざし 北村由美
はじめに
1. 言語景観の定義
2. 背景
3.ジャカルタの言語景観と中国語
4. 漢方薬局と中国語
まとめ

第9章 イスラム寄宿塾ゴントルにおけるアラビア語 ウガ・プルチェカ(訳・柏村彰夫)
はじめに
1. インドネシアの教育制度とゴントルの概略
2. 語学と外国語に関するアンケート

終章  スハルト後の言語状況の変化 塩原朝子
1. 本章の目的
2. 法制上の変化
3. 現在の言語状況の概観
4. 地方語振興運動――スハルト後の新しい動き
5. インドネシアの言語状況にみられる多様性と臨地研究の重要性

ガイドインドネシアの国家制度 柏村彰夫
索引

  【はじめに 】から

 スハルト体制の終焉とともにインドネシア社会は政治的にも社会的にも、大きな変化を経験してきた。その強権的な政治体制が崩れたことを背景に、中央に対する地方の自治権が拡大し、それとちょうど同じ頃、多様化し革命的とも言える進歩を遂げたメディアを通してグローバル化の影響がインドネシア社会に浸透し始めた。それらの内からと外からの新しい動きが、どのようにインドネシアの言語状況に変化をもたらしたのか、今後もたらしていくと考えられるのか、を様々な観点から考えてみようというのが、本書のテーマである。
 インドネシアの独立後、長期間にわたり、国家統合のイデオロギーとして機能してきたインドネシア語の国語政策は大きな成果を収めた。その一方で、強力な国語政策の下で「地方語」はその役割を限定され、封じ込められてきた。ましてや、外国語である中国語はスハルト政権下において使用さえ禁止されてきた。しかし、1998年を契機として「地方語」に課せられた頚木が取り除かれ、中国語の使用が解禁され、公共の場においてより自由な言語使用が見られるようになってきている。加えて、英語が都市部を中心にして生活の中に随分と入り込んできている。これらの現象は、これまでのインドネシア語が担ってきた役割に変化が生じ、インドネシアの言語の様態全体に変化が生じていることを示唆しているように思われる。 
 我々はこのテーマについて議論すべく、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所主催の共同研究プロジェクト「インドネシアの国語政策と言語状況の変化」を立ちあげ、2006年から2年間にわたり計6回の研究会を開催した。研究会には、計12名の研究者が集まり、活発な議論を行なった。本書はこの研究会における成果をまとめたものである。インドネシアの「言語」の問題に特化した研究書であるという点で、少なくとも日本には類書がない。……
森山幹弘

 

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